雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「脱げよ。今すぐ、全部」

 いきなり投げつけられた言葉に、息を呑む。

 普段は愛嬌があり可愛いと称される進藤の目が眇められると、とたんにその整った顔が冷淡に見えた。
 でも、私をまっすぐ見つめる目だけ熱い。
 ゾクッとしたのは寒気のせいだけではなかった。
 手足は冷え切って痛いほどなのに、進藤の瞳の熱がうつったように胸の奥が熱くなる。

「早く!」

 フリーズしてしまった私に苛立ったように進藤は急かした。
 
(脱ぐ……。そう脱ぐしかない。この状況では)

 覚悟を決めて、私は震える手をボタンにかけた。

 水を含んで重くなったコートを脱ぎ、セーターを脱ぐ。
 進藤が私が脱いだ服をストーブの向こう側に広げてくれる。
 ジーンズに手をかけ、躊躇った私を進藤がせせら笑った。

「ふ〜ん、俺を意識してるんだ?」
「してないわよ!」

 するわけないでしょ!とさっさとジーンズを脱ぎさった。
 濡れた布から解放されて、直接ストーブの熱が肌に当たるとようやく温まる気がした。

< 8 / 95 >

この作品をシェア

pagetop