極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
「……衛士、引っ越したの?」

 俺のマンションと言ったけれど、たしか帰国したばかりで実家にお世話になっていると話していたはずだ。なにも聞かされていなかったことに少しだけショックを受ける。

「まだ最低限のものしかないけれど、茉奈を寝かせるベッドはある」

「で、でも。先に私が傘を取ってくるから平気だよ」

 傘を持っていないときは茉奈に車で待っていてもらい、私が走って部屋まで傘を取りに行く。茉奈を車に置いておくのは、けっして賢いやり方ではないかもしれないが、今は衛士がいるし。

「風邪をひかすわけにはいかない。茉奈はもちろん未亜もだ」

 衛士のこの言葉で観念した。彼は言いだすと譲らないところがあるのをよく知っている。結婚に関してもだった。

 茉奈の目はすっかり閉じていて、私は改めて背もたれに体を預けた。車内は静かで雨の音がどこか心地いい。子どもが生まれて不便さを感じるときもあるが、私は昔から雨が嫌いじゃない。

 そのとき彼と付き合っていた頃の記憶がよみがえる。

『あ、雨』

 今みたいに出かけた後や衛士のマンションに立ち寄ったときなどに、雨が降り出すことが多かった。

『ここ最近、多いな』

 窓の外から視線を衛士に移すと、しかめ面をしている。

『衛士は雨、嫌い?』

『雨が好きな人間なんているのか?』

 すげない返事に私は笑った。

『私は好きだけどな』

 意外だという顔をする衛士に、私は右手の人さし指を立てた。

『お気に入りの傘を使えるし、新しいレインブーツを履いて出かけられるから』

『この雨の中?』

 私は笑顔で大きく頷く。
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