ココロの距離が離れたら

「いったい、何?」

出ていった大智の姿にイライラする。
今日のことなんて聞いていないし、それに何あの甘い声!
何が「おはよう、萌ちゃん」だ。私には「おはよう」の一言もなかったのに。
最近、彼が営業事務の女の子と一緒にいることが多い。
彼と同じフロア、同じプロジェクト、直接彼のサポートができる仕事。
綾がどうしたって入っていけないスペースに大智と彼女はいる。

「もうっ!せっかく作ったのに!」

ゴミ箱に捨ててしまいたくなって、大きな声で叫びたくなって、綾はぎゅううっと手を握った。

「仕方ない、大智は今、大一番で、大変で、頑張ってて・・・!」

仕方ない、仕方ない、仕方ないんだ!
自分に一生懸命言い聞かせて、更には怒らない、怒らない、と念仏のように唱える。
すー、はー、と深呼吸もして、それでもイライラが収まらない手が震える。
ピリという痛みはきっと爪で手の平が傷ついたんだろう。
それでも、ぎゅううっと握っていないと、もっと乱暴にしてしまいそうだった。

きっと夜には、ごめんっって連絡が来るはず。
明日には会えるかもしれない。また、優しい瞳で見てくれるかもしれない。

「がんばれ、綾!」

自分しかいない、自分の部屋ではないこの空間で。
それでも涙は止められなかった。

ぐすっと涙をぬぐって、やっぱり自分でも食べる気になれない朝食にはごめんなさいと謝ってゴミ箱へ。
癖なのか、ベッドシーツを取り換えたり、洗濯したり、彼が帰ってきたときに困らないだけの片づけをしてしまう。イライラしていても、悲しくなっていても、体が動いてしまう。

ほとほと、便利な女だなぁ。

それが自分の立ち位置なのかもしれない。そんな考えも出てくる。
今日は11月23日。世間は祝日で、いつもならデートをしていたり、ここで一緒にコーヒーを飲んだりしたはずなんだけどな。
それを楽しみにしていたのは、自分だけなのかもしれない。
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