マリアの心臓


はたと我に返った少女は、ひとこと謝り、自己紹介してくれた。




「わ、わたしは、花室 鈴子(ハナムロ リンコ)といいます」

「……花室?」




その苗字って……。




「びっくりするよな」




含み笑いしたウノくんが、共感を示してくれる。




「この子――鈴子ちゃんが、鈴夏の妹だなんてさ」




言葉が出てこない。
その代わりに、こくこくっと高速で首を縦に振った。


びっくりもびっくり。
心臓がぴょんっと飛び出そうだったくらい!


でも……そっか、そうだったんだ。


驚きと同じくらい、納得もしてる。

だから雰囲気がちがったんだね。




「ボクのいもーと、かわいーでしょー?」

「っうん! とっても! かわいい!」

「だろー?」

「……あ、ありがとう、ございます」

「照れてる鈴子はレアだよ! 写真撮らねば!」

「やめて」




家族。兄妹。
その絆は、アタシ自身には()いものだ。

とうに手放してしまった。


苦しかった。
さびしかった。

心臓が痛くてたまらなかった。


後悔していないと言えば、嘘になる。

うらやましいと口に出すのは、おこがましい。



だからかな……ヒトの愛に憧れ、愛でてしまうのは。




「鈴夏さんって呼んでるから、最初カノジョさんかと思った……」

「ボクらカレカノだって、ハニー」

「鈴夏さん気色悪い」

「いやがってるとこもかわいいね」

「……シスコンめ。さっきのヤツらと同類じゃねえか」




ふたりがまた言い合いを始める。

その隙に、鈴子さんは兄のそばを離れていく。ずいぶんとクールな子だなあ。




「あっ、おい、鈴子!」

「ひとりで帰るから放っておいて」

「気をつけろよ! また絡まれたらすぐ飛んで行くから!」




返事はない。


けれど、伝えられただけ満足そうで。

首にかけていたヘッドフォンを、うれしそうに装着した。


< 62 / 155 >

この作品をシェア

pagetop