君と僕との相対性理論
断るわけにはいかない。
日本庭園のそこは確かに綺麗だけれども、私は横にいる男から離れたくて仕方なかった。
静かに歩いていると池を見つけて、西条雪の方は見ず、鯉が泳いでいる姿をじっと見つめていた。
それに気づいたらしい彼が、立ち止まり。「好きなのですか?」と聞いてくる。
好き?何を?そう思って彼の方を見れば「錦鯉でしょうか」と池の方を見る。
頭が回っていない私は、「……い、いえ、」と、目線を下に向けた。年下の私に敬語を使う男…。
「すき、とかでは、ないんですけど」
「はい」
「目に入ったというか」
「はい」
「見るのは、好きですけど…、魚が好きかと言われればそうでもなくて…」
緊張して手汗が出てきて、必死に喋る私は自分でも何を言っているか分からなくて。
失敗してはいけないのに…。
「あ、泳いでるなって…」
ギュッと、両手を前で握った。
「すみません…、変なことを言いました…」
泣きそうになってずっと顔を下に向けていると、穏やかにその人が「…言っている意味は分かります」と、私の顔を見ているのに気づき、私は顔を上にあげた。
「僕も魚料理は好きですが、釣りは好きではありません」
肌が白く、名前通り真っ白のような、透明感がある。ようやく、初めて彼の顔をきちんと見たような気がして。
「あ、の、」
「はい?」
「さ、西条様は、よろしいのですか、」
「何がですか?」
「………私と、婚約をしても…」
「和夏さんはどうですか?」
「え?」
どうですか?と、言われても…。
従わなければならないから…。
そう言われて俯く。
こんなの、俯いてしまえば、嫌だと言っているようなものなのに。
「自分の意思ではこの関係は無くなりません。よっぽどどちらかに問題が無ければ」
問題が無ければ…。
自分の意思では…。
「鯉のように、自由に相手を選ぶことが出来ればいいんですけどね」
彼にそう言われて気づく。
西条雪も、この婚約は嫌なのだと。
私と結婚したくないのだと。
けれども、家の都合上、従わなければならないのだと。
親の言いなり。
「西条、様は、」
「はい」
名前を呼んだところで、私は口を閉ざした。
「いえ…すみません、なんでも…。これからよろしくお願いいたします…」
深々と頭を下げる私に、彼の目が細くなったことに私は気づかず。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」と、この〝婚約〟を受け入れ、〝私〟を拒絶した西条雪。
西条雪に一線を引かれた私は、この日、家に帰ったあと父に頬を叩かれた。亭主関白の父は、「人の話も聞かず、せっかくの話を台無しにするつもりか」と。
西条雪も、あの大人しそうな、透明感がある顔の下では、──…同じような事を思っているのだろうか。
日本庭園のそこは確かに綺麗だけれども、私は横にいる男から離れたくて仕方なかった。
静かに歩いていると池を見つけて、西条雪の方は見ず、鯉が泳いでいる姿をじっと見つめていた。
それに気づいたらしい彼が、立ち止まり。「好きなのですか?」と聞いてくる。
好き?何を?そう思って彼の方を見れば「錦鯉でしょうか」と池の方を見る。
頭が回っていない私は、「……い、いえ、」と、目線を下に向けた。年下の私に敬語を使う男…。
「すき、とかでは、ないんですけど」
「はい」
「目に入ったというか」
「はい」
「見るのは、好きですけど…、魚が好きかと言われればそうでもなくて…」
緊張して手汗が出てきて、必死に喋る私は自分でも何を言っているか分からなくて。
失敗してはいけないのに…。
「あ、泳いでるなって…」
ギュッと、両手を前で握った。
「すみません…、変なことを言いました…」
泣きそうになってずっと顔を下に向けていると、穏やかにその人が「…言っている意味は分かります」と、私の顔を見ているのに気づき、私は顔を上にあげた。
「僕も魚料理は好きですが、釣りは好きではありません」
肌が白く、名前通り真っ白のような、透明感がある。ようやく、初めて彼の顔をきちんと見たような気がして。
「あ、の、」
「はい?」
「さ、西条様は、よろしいのですか、」
「何がですか?」
「………私と、婚約をしても…」
「和夏さんはどうですか?」
「え?」
どうですか?と、言われても…。
従わなければならないから…。
そう言われて俯く。
こんなの、俯いてしまえば、嫌だと言っているようなものなのに。
「自分の意思ではこの関係は無くなりません。よっぽどどちらかに問題が無ければ」
問題が無ければ…。
自分の意思では…。
「鯉のように、自由に相手を選ぶことが出来ればいいんですけどね」
彼にそう言われて気づく。
西条雪も、この婚約は嫌なのだと。
私と結婚したくないのだと。
けれども、家の都合上、従わなければならないのだと。
親の言いなり。
「西条、様は、」
「はい」
名前を呼んだところで、私は口を閉ざした。
「いえ…すみません、なんでも…。これからよろしくお願いいたします…」
深々と頭を下げる私に、彼の目が細くなったことに私は気づかず。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」と、この〝婚約〟を受け入れ、〝私〟を拒絶した西条雪。
西条雪に一線を引かれた私は、この日、家に帰ったあと父に頬を叩かれた。亭主関白の父は、「人の話も聞かず、せっかくの話を台無しにするつもりか」と。
西条雪も、あの大人しそうな、透明感がある顔の下では、──…同じような事を思っているのだろうか。