甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「――驚かせたか?」


営業部長に見送られ、エレベーターに乗り込んだ途端、副社長の雰囲気がガラリと変化した。

関さんは彼の指示で、一足早く駐車場におりていた。


「当たり前です。なんでこんな真似を……」


「電話の声だけじゃ、沙也の現状がわからなかったからな。勢いで俺との結婚を了承したものの、冷静になって辞めると言い出されたら困る」


「私が結婚を撤回しないかわざわざ確認に来られたんですか?」


ほんの少しイラ立ちを覚え問いかける。

いくらなんでも、一度引き受けた話を簡単に反故にする気はない。


「撤回させる気はまったくないが、勤務先に知らせたほうが周囲を牽制できるだろう? 沙也の妙な噂も抑えられる」


さらりと物騒な台詞を口にして、私の正面に回り込んだ彼がトンと私の肩を押す。

背中がエレベーターの固い壁にぶつかる。

そっと副社長が私の頬に長い指で触れる。

もう片方の手を私の頭のすぐ横の壁に置かれ、目を見開いた。


「……沙也、口調が戻ってるぞ」


「す、すみません、気をつけます」


「違う、畏まった言葉遣いはいらない。沙也は俺の妻になるんだから」


堂々と宣言する姿に心が乱される。


「ですが、ここは会社なので……」


「相変わらず真面目だな」


副社長は頬に触れていた指をゆっくり離し、私のほつれた髪をひと房すくってあやすように耳にかける。

骨ばった男性の指の感触に頬がカッと熱をもつ。

微かに触れる吐息がくすぐったい。

まるで恋焦がれるかのような熱い眼差しに、喉がカラカラに乾いていく。
< 67 / 190 >

この作品をシェア

pagetop