甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「ありがとうございます。それでは彼女の様子も確認できましたので失礼します」


「あの、響谷副社長、もうそろそろ片田(かただ)と佐多が戻りますので」


営業部長が当社副社長の名を出し、彼を引き留めようとする。


「いえ、突然私的な事情で伺ったのですから片田副社長と佐多さんの予定を変更していただくわけにはまいりません。佐多さんの提案書類を拝見し、今後の取引を前向きに検討するつもりです。後日改めて連絡いたしますので、どうぞよろしくお伝えください」


ニッコリと口角を上げながら答える彼に、営業部長は困惑しているように見えた。

無理もない。

大企業の副社長が突如現れて自社の社員と婚約宣言し、さらには取引にも意欲的となれば機嫌を損ねたくないだろう。

優雅な動作で彼が立ち上がると同時に、私も腰を上げる。

ほんの数分ほどの滞在なのに、大きな疲労感に襲われる。


「倉戸さん、響谷副社長のお見送りを」


営業部長の指示に、彼がすかさず返事をした。


「いえ、彼女も自分の仕事があるでしょうから」


「……お送りします」


絶対わざとだ、と心の中で歯噛みする。

どこまでも上手なこの人に、ため息しか出ない。
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