甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
取り出すと液晶画面に郁さんの名が表示されている。

その瞬間、曲がっていた背筋がピンと伸び、鼓動がせわしなく動き始める。


なんで、このタイミングで電話が?


若干狼狽えながらも、通話をタップする。


『沙也、お疲れ様。仕事は終わったか?』


耳に響く低音になぜか緊張する。


「お疲れ様、です。今、会社を出たところです」


『昨日は突然すまなかったな』


「いえ、あの、お忙しいのにご心配いただきありがとうございます」


『沙也、敬語』


若干不機嫌な声での指摘に小さく肩を竦める。


「すみません、つい……」


『キスするぞ?』


とんでもない発言にカッと頬が熱をもち、咄嗟にうつむく。


「……電話では無理だから」


顔を合わせていなくてよかった、と心底安堵しながら言い返す。


『無理じゃない』


「え?」


『――迎えにきた』


囁くような声に目を見開く。


「沙也」


スマートフォンから聞こえていた声がずいぶん近くから響く。

上品な革靴が私の視界に入り込む。

思わず頭を上げると、彼がいた。


「なんで……」


ここにいるの?


「一緒に帰ろう」


軽く身を屈めて私の顔を覗き込む。

綺麗な二重の目で真っすぐに私を捉えながら、スマートフォンを胸ポケットに入れる。


「ちょうど取引先から戻るところだったんだ。以前保の店に沙也が来た時刻が今くらいだったから、もしやと思って電話したんだ」


会えてよかった、と彼は眦を下げる。
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