甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「私が電話に出なかったらどうするつもりだったの?」


「自宅に迎えに行く」


屈んでいた体を元に戻した彼が、飄々と答える。

意外すぎる返答に瞬きを繰り返す。


「……なにか急用?」


落ち着かない鼓動を誤魔化すように早口で尋ねると、ポンと頭を軽く撫でられた。


「昨日俺が帰ってから、仕事は大丈夫だったか?」


「え……?」


「社内で変な噂をたてられたりしなかったか?」



心配そうな視線を向けられ、ひゅっと息を呑んだ。


どうして。


私の心の奥底を簡単に見透かすの?


「仕事、だから……」


さっきからうまく言葉を紡げない。

なんでこんな言い訳めいた返事しかできないのだろう。

胸がなにかに強く圧迫されているかのように苦しい。


「お前が負担を感じていなければいい。新しい事業に沙也の力を借りられるのは有難い」


「私の力なんて大したものじゃないわ」


すごいのは、事業を実行できる郁さんや企画を立案できる佐多くんや塔子だ。


「仕事はひとりじゃできないし、些細な業務の積み重ねが一番大事で難しい。どうでもいい仕事はない。沙也の上司も同期も皆、お前の仕事は丁寧で的確だと話していたぞ」


なぜ出会って間もないこの人が一番嬉しい言葉を口にするんだろう。

心の奥底に燻っていた、元恋人が残した傷に丁寧に絆創膏を貼られた気がした。
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