幼なじみが愛をささやくようになるまで〜横取りなんてさせてたまるか〜
「あれ? 君は」

「え?」

「新潟で会ったよね? 俺あの時に転んで迷惑かけたんだけど分かる?」

「あ……」

スーツを着ていて見た目が全然違うから分からなかった。言われてみるとあの時の彼だ。
ゆるいウェーブがかかっていた髪はかきあげられているが栗色は同じだった。よく見るとあの時に目をひいた目元のほくろが見えた。

「思い出してくれた?」

「はい。あのあと大丈夫だったか心配していたんです。運転ができないかもって話していたし。病院はどうでしたか?」

「問題なし。打撲だって言われたよ。1泊延長して次の日に帰れたよ。お尻に大きなあざが出来て猿みたいになったけどね」

やっぱり話し始めるととても気さくな感じの人だ。
最初だけ威厳のある言い方だったが今はあの時のように話しやすい。

「良かったですね。安心しました」

「ありがとう。よく考えたら君はあの後も滑って下りられたはずなのに俺のために一緒に歩いて下山してくれたんだよな」

「いいんです。私も止まれずにぶつかってしまったので」

彼は笑顔で私の話を聞いているがいつまでも話していていいのだろうか。
スーツ姿でお菓子を選んでいるところを見るとどこかに持っていくものなのではないだろうか。

「あの……お菓子はどうしましょうか? おつかいものですか? ご自宅用ですか?」

「ああ。会社の来客用のお茶菓子なんだ。明日だから日持ちする方がいいけど、ケーキが美味しそうで見入ってたんだ」

そういえばホットチョコレートも拒否することなく飲んでくれていた。甘いものがお好きなのね。男性は甘いものが好きとあまり言わないので私は彼がショーケースに見入ってくれていたと正直な感想を聞いてつい微笑みが漏れてしまった。

「今はイチゴが旬なので美味しいですよ。家で食べるのならナポレオンパイがおすすめです。人前では食べにくいんですけど家ならいくらボロボロしても大丈夫ですよ」

「やっぱりイチゴだよな」

そう話すとまたショートケースに視線を落とした。

「美味しそうだよな。でもまだ仕事に戻らないといけないから諦めるよ」

名残惜しそうに話す彼の様子がなんとも微笑ましい。

「またお待ちしていますね」

「ありがとう。とりあえずお茶菓子用に焼き菓子の詰め合わせをもらっていくよ」

彼が指を差した商品を確認し紙袋に入れた。

「ナポレオンパイ、必ず買いにくるな」

そう言い残し颯爽と帰っていった。
話せば話すほど実は可愛らしい人なんだと思った。男性に可愛らしいという表現は似合わないが、それでも他の言葉に変えられないくらい私の胸の奥をくすぐるような表情や言葉選びに惹きつけられるのを感じた。
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