愛しのフェイクディスタンス
「最近雅人のところに女が出入りしてるって小耳に挟んじゃったのよね」
向かい合って開口一番、彼女ほ――名草楓は言った。
艶々の赤い外車に乗せられて優奈が連れられてきたのは個室のバーだった。「好きなものを頼んでね」と名草は美しい顔をさらに輝かせ微笑んだが、正直飲食をできる精神状態にない。
「ホットカフェラテ……を」
「あら、お酒は飲めない? ふふ、可愛らしいわねぇ」
何も頼みません、とは共に入店してしまった以上言えず。優奈はメニューの端にあるソフトドリンクの欄から無難に注文をしたつもりだが、名草はどこか優奈をバカにするように小さく吹き出した。
「……明日も、仕事なので」
(…………どうして名草楓と向かい合ってるんだ、私)
優奈は現状を把握しきれないまま、テレビや雑誌越しでしか見たことのない姿をぼんやりと眺めていた。
「改めまして、今日は突然ごめんなさいね」
そう言って名草は優奈相手に名刺を差し出した。
"株式会社 érable 代表取締役社長 名草 楓"
érableは、ファストファッションにばかりを頼る優奈でも知るアパレルブランドだ。
婦人服とインナーが有名だが、いずれも高級ブランドとして認識している為、優奈は購入はおろか店舗にも足を運んだことはない。
ネット通販で金額を目にする程度だ。
「どんな女かしらって思ってたけど、優奈ちゃんなら安心したわ。雅人からよく聞いているわよ……可愛い可愛い妹だって」
"可愛い可愛い妹" を強調されている。
「妹ではありません」
即答してしまった後に優奈は、俯き顔を隠した。ピリッと張り詰めた空気を感じ取ったからだ。
す案の定、笑顔だった名草が目を細め眉を寄せる。
ほんの一瞬の変化だったが、優奈の身体は情けないことに強張ってしまった。
「優奈ちゃんは雅人が好きなのね?」
ドクン、ドクンと脈打つ心臓。そのリズムに合わせて頭痛がする。
本来ならば生で見られて嬉しい! と、はしゃぎ出すような相手を前にそうはできずにいた。
「……はい」
まるで罪の告白をするかのように硬い面持ちで優奈は答える。