愛しのフェイクディスタンス

「ねえ、まーくん……名草さんは恋人?」
「違う」

 大袈裟に首を振って否定するけれど。

「なら、どうして名草さんにするように私にもしてくれなかったの?」
「それ、は」

 言葉に詰まる雅人を見て、優奈は唇を噛んだ。また、自分の為に大好きな人にこんな顔をさせる自分が嫌だ。

「……嘘、ごめん。困らせてばっかりで、ごめんなさい」

 涙の乾ききらない顔で、優奈は無理やりに笑顔を作った。
 雅人の目には痛々しく映っているのだろうか?

「もう何年も名草さんはまーくんの近くにいるんだよね。恋人じゃないのには理由があるのかもしれないけど、特別な人なんでしょ」
「違う」
「私、もうずっと自分のことしか考えてなかったなって、気付いたの。奥村さんのおかげ」

 雅人は不安そうに優奈を見る。
 いくら春に近付いてきているとはいえ、まだまだ寒い。それなのに額がほんのりと汗ばんでしまっている雅人の、髪に触れた。

「私、まーくんのおかげで退職金も未払いの残業代もたくさん貰えたの」
「え?」

 突然切り替わった話題に、両眉を僅かに上げた雅人。

「今度こそ、まーくんから離れる。あれだけ意気込んでおいてなんだけど」

 情けないね、と渇いた笑いと一緒に声を絞り出した。

「優奈」
「ほんとは職場も……って思ったけど、マキさんや奥村さん、忙しい中たくさん仕事教えてくれてるから投げ出すのは違うよね。経営戦略のアシスタントとして、社長であるあなたと関わる」

 ほぼ一方的に話す優奈の手首を、雅人は壊れ物を扱うかのよう、やんわりと掴んだ。
 しかし、すぐに優奈はそれを拒む。

「ごめん離して。今日は、ちょっと頭冷やしてから戻るから、まーくん先に帰ってて」
「優奈、俺から離れるってどういうことだ?」

 問いかけられても。
 雅人を見ることが怖くて、手首を掴む手を払いのけ背を向け走り出す。
 今一緒にいては名草とのことを洗いざらい聞き出したい欲求を抑えられそうにないから。

「優奈、待つんだ!」

 しかしそれを許しはしない雅人が、腕を掴み引き止める。それすらを払いのけた優奈に対し、今度はその手を捻りあげるようにして力技。
 雅人は捩じ伏せるよう、優奈の動きを止めてきた。

「優奈! 離れるってなんだ? 俺は困ってなんかいない! ただ、お前が幸せになる姿を見たいだけで」
「幸せにって……だったら名草さんにするみたいに抱いてよ! 私のこと、抱いてよ!」

 雅人の勢いに乗せられ叫び返した優奈の声に、雅人は息を呑む。

< 109 / 139 >

この作品をシェア

pagetop