愛しのフェイクディスタンス
責め立てるような雅人の声に、答える気などなさそうな様子で、背を向け歩き出した奥村。しかし数歩先で立ち止まりこちらを振り返る。
「……あ、瀬戸さんは言い出さないかもしれないから俺から伝えておきますね」
奥村の方を見据えたままの雅人は、その声の続きをジッと待っているようだ。
優奈を抱き寄せる腕の力そのままに。
「名草さんと会ってたみたいですよ。泣いてる理由を探りたいなら、俺相手に凄む前にそっちじゃないですか」
その表情は見慣れた笑顔ではなく、目を細め眉根を寄せて。
彼は雅人に言い捨てる。そのまま今度こそ、その場を立ち去っていった。
「……名草、だと?」
雅人の顔が強張った後に、今度は恐ろしいものでも見たかのように青ざめていっているような気がする。暗がりなのにそう思うのは、小刻みに震える指先のせい。
「……会ったのか?」
「うん」
「どうして? 何か……何か名草に言われなかったか? 大丈夫か?」
名草は雅人にとって、恋人と呼べる存在なのかはわからないが特別な女性であることは間違いないのだろう。
こんなにも雅人を狼狽えさせる存在なのだから。
「安心して。ここに住まわせてもらってることは言ってないよ」
「そうか」
優奈の肩を抱いていた手から力が抜けて、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
「……それで? どうして名草に会った?」
「帰って来たらエントランスの前に名草さんがいたから」
雅人は優奈の、その言葉を聞くと瞬きもできない様子で口元を弱々しい手で覆う。
「……よくわからないけど、車に乗せてもらってお茶した」
「……っ、二人でか?」
「そうだよ」
「何を話した……?」
口ごもり、次第に声を小さくする様子は雅人らしくない。
「優奈ちゃんは雅人に何ができるのって」
「……何がって」
「まーくんは女を性欲処理としてしか見てないって言われて」
「…………あの女」
「私はその処理要員にもなれない、おんぶに抱っこのお荷物って気付かされちゃって」
「ゆ、優奈」
いつもは語尾に迷いがなく、時に圧さえ感じる雅人の声だが。やけに頼りなく優奈の名前を呟いているではないか。