愛しのフェイクディスタンス


「優奈が嫌がれば戻ってくる。そうじゃないなら優奈の自由だ」
「……本気かよ? だったらもうちょいシケたツラなんとかしろよ」

 非難する声とほぼ同時に車はスピードを落とす。
 自社の入るオフィスビルに到着したためだ。

「ハッキリ言っとくけど、奥村で納得できなかったんならお前多分他のどの男でも優奈ちゃんの隣に立つこと許せねぇと思うぞ」

 琥太郎の言葉。すぐに昨夜のはじめのセリフに変換されて雅人の頭の中に重く響く。

 奥村が『瀬戸さんのこと好きだと思ってます』と、雅人に律儀にも告げてきた日。
 ホッとした。
 仕事はそつなく真面目にこなす、それでいて行動力もある。プライベートは深く知らないが、ごくごく普通に人並みな恋愛をしてきてたと思うぞ。と、他社から奥村を引き抜いてきた張本人である琥太郎が証言した。

 だが、それも束の間。 

 奥村が優奈と距離を縮めていこうとする様子を目の当たりにしている日々は、酷く雅人の心を揺さぶった。
 優奈の顔を直視すれば、それを否定する言葉を我慢できずに発してしまうだろう恐怖。

「結婚したくないのはわかるぞ。俺も落ち着く気がまだないし、好きに過ごしたいし。でもそれは飛び出た一番がいないからだ。お前違うだろ」
「……優奈は、お前の言うそれとは違うんだがな」
「違わねぇ。なんで頑なに迎えに行かねぇの」

 琥太郎の問いに雅人は暫く腕を組んで黙り込んだ後。

「……母親が、別居していた父親とまた一緒に暮らし始めてるらしい」
「へー、いい話じゃねぇか」
「いや、それを見たくない」
「…………はぁ?」

 口をポカンとあけてマヌケな顔を晒し続ける琥太郎は、珍しかった。
< 114 / 139 >

この作品をシェア

pagetop