愛しのフェイクディスタンス



 ――車の出入りが多かった為、琥太郎に駐車を任せ、先に自社の入る五階へと到着した。
 そのまま経営企画室の奥にある自席を目指す。ドアに手を掛けたならタイミングが良いのか悪いのか。
 優奈と鉢合わせてしまった。
 もう帰ろうとしているところなのだろうか。肩にはバッグが掛けられていている。

「優奈、もう帰るのか?」
「はい。今日は日中、坂下さんと高遠さん以外揃ってたので早く片付きました」

 優奈はニッコリと穏やかな笑みを浮かべているが、雅人を見つけ……幼い頃の面影残る弾けるように輝く笑顔ではなく。
 見知らぬ女性のような。

「そう……か。帰るって……」

 一体どこに? そう聞き出そうとする自分に気がつき戸惑っていると。
 まるで再会したばかりの頃……いや、それよりも更に距離を作るかのよう、固い表情の優奈が先に言葉を発した。

「そちらに荷物置いたままですみません。量は少ないので、早いうちに引き取りに行きます。お世話になったお礼も改めてさせて下さいね」

 言い終わるよりも前に深々と頭を下げて、優奈は雅人の左側をすり抜けるようにして歩き出した。何故だか凛々しく映る、その後ろ姿。

 一切こちらを振り返らない優奈と、言い訳だと吐き捨てたはじめの顔がまるで雅人の足を地面に張り付かせるかのようで。

 どうしてだ。
 優奈に関わる全てのことに対し、雅人にとっての理想と現実がかけ離れている。
 気持ちを抑えることなど簡単だと思った。自分は優奈の幸せを願える理性ある人間だと思っていた。

(気持ちを、抑えるだと……?)

 頭に浮かぶ、優奈の肩を抱いた高遠はじめの姿。身体の奥から制御し難い熱が湧き上がってくる。

 そもそも何故自分は優奈との未来を恐れるんだ。
 何故、自分自身を信用できないのか。
 何故、いつまでも逃れられない感情に支配されるのか。

(クソ……っ!)
< 115 / 139 >

この作品をシェア

pagetop