愛しのフェイクディスタンス


「確かに……高遠パパのせいでまーくんは傷ついてきたけど、気がついたことがあって、都合よく埋めたいものが湧き出てきて、どうしようもなくて。知らなかったよね? まーくんの会社の周り何度もね、うろついてたんだって。あの高遠先生が、不審者みたく」
「……優奈……不審者って俺か? 容赦ねぇなぁ」

 はじめが苦笑すると、雅人の背後に立ったままでいた早苗が口を開く。

「雅人、私たちねこの前ようやく新婚旅行に行ったのよ」
「……は?」
「もう、還暦も過ぎたのにね」

 いきなり何の話だと眉を上げ振り返った雅人に、早苗は俯き、声を詰まらせる。

「この人と結婚した時は……まだ建築士の資格もない頃だったし忙しい上にお金はなかったし」

 母親を泣かせたかったわけではない。
 不安そうに雅人に寄り添う優奈にも、怒鳴り散らす情けない男の姿を見せたくはなかった。

「小さな雅人とまるで世間から切り離されたみたいに……余裕もなくて。でも、だからって親の不仲を子供に見せ続けるなんて、それがどれほど雅人にとって恐ろしいことだったのか……考えることもしなくて」
「……別に、俺は……」

 母さんに謝られることなどない。そう伝えたいのに、言葉にはならない。
 悪は全てあの男だろう?

「この人のことも憎かったわ。貰っていた生活費の大部分は貯めてたし離婚だってできたのよ、でも、できなかったのが……きっと答え」
「答えって……母さん」
「だからって雅人を傷つけ続けていい理由にはならなかったし、優奈ちゃんも巻き込んで。本当にごめんなさい」

 母はこんなにハッキリとした口調で話す人だったか。
 雅人の記憶にある母の姿が見当たらない。
 こんな変化など望んでいない。
 あれは、母を傷つけ続ける悪人としてだけ存在していてくれなければ。

「でもね、雅人。誰かを愛する気持ちの形って本当に様々よ。私が建築家としての高遠を尊敬する気持ちを消せなかったように、雅人の中にも、あるんでしょう」
「何が!?」

 凛として胸を張り、逞しくも見える。
 ――ダメだ、辻褄が合わなくなっていくじゃないか。
 こんな母を雅人は見たくなかった。
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