愛しのフェイクディスタンス
「まーくん、一回帰ろうか」
俯く雅人に対して、背伸びをしながら優奈が小さく耳打つ。
「帰る?」
「うん。高遠のパパ、そのうちまーくん絶対来るから聞きたいこと聞けるといいなってここに置いててくれたんだよ」
バッグを取りにその場から姿を消した優奈がすぐに戻って「服とかも用意してくれてた」と、見せられたものは確かに優奈の荷物にはなかったものだし、雅人が買い与えたものでもなかった。
肩のショルダー部のリボンが目立つ、ロングワンピースは白と黒のシンプルなデザインだからこそ優奈も着られるが、幼い頃はじめが優奈に買い与えていた類のものの延長にあるデザインだ。
「ねえ、まーくん。私のこと好きなんだ?」
優奈の問い掛けに反応し震えた手を、彼女は見逃しはしなかった。
目を細め微笑むそれは雅人の胸を高鳴らせる。否定の言葉を口にしないせいか、優奈は穏やかにその笑みを深くする。
「まーくんは高遠パパのコピーじゃないよ。パパの行いに胸を痛めて、高遠ママの状態に胸を痛めて、私がいなくて寂しくて取り乱してる」
「……違う」
「違わないよ。私がいるから、まーくんがパパみたいになろうってなら引っ叩いてでも蹴ってでも止めてあげる」
幼い妹のままでいて欲しい。
それでも、時は確実に流れて、優奈だって。
「私が絶対に、私の好きなまーくんを見失わないから。ほんとだよ」
何が怖かったのか。父親の過ちに全てを混えて、怖かったもの。
「私のものになって、まーくん」
幸福とは、時に冷たい。
ずっと昔から。
泣かせたくない、笑っていてほしい。抱く美しい感情と並行して。
罪の意識とともに、いつもある。
悲しみに満ちて、絶望に満ちて。
――ああ、優奈がこんな顔を見せるのは俺にだけだろう。
掬い上げられるのは、自分だけ。
恐ろしい執着だ。
踏み越えてしまったら、きっとできない。
お前はそれでもいいのかと問い掛けて答えを探す猶予さえも、与えてやれないというのに。
変化してしまう、優奈と雅人が保つ歪な形が。