愛しのフェイクディスタンス


(作為的?)

 雅人の言葉を聞いて、優奈の中には小さな怒りが湧き上がる。
 ペチン!と、間抜けな音が響いた。
 よくある修羅場の平手打ちなんかならもう少しそれっぽい雰囲気になったのだろうか。

「……痛い?」
「少しな」

 それは両手で雅人の頬を軽く叩いた音で。
 優奈はゆっくりと親指で形を確かめるように撫でる。

「まーくんって確かに頭いいし、行動力もあるし有言実行すぎる超人で私なんていっつも置いてけぼりなんだけど」
「買い被るな」
「買い被ってないよ。でもね、これだけは言える。まーくんに私の頭の中なんて見えない、全てなんて見えないし見せない。好きな気持ちは私だけのもの、あなたに作られたものなんて何ひとつないから」

 そうか、とだけと呟いた雅人の手が優奈の手に重なった。その力は弱くて、ほんの少し震えてさえ、いる。

「あの男の言うとおりなんだ。両親を見て結婚なんて馬鹿げたものにうんざりしていたのは本当だ……だが、それを、お前の気持ちに応えない言い訳にしてきた」
「言い訳って?」
「いや、傲慢な考えだったと思うということだ」
「傲慢?」

 優奈は問いかけつつも自分の心がやけに熱く踊り出しそうになっていることに気がつく。
 突き放され、決して埋めることのできなかった距離が少しずつ小さくなっていくような感覚に。

「他人の感情をコントロールすることで自分を保ってきた人間が、誰かを幸せにできるはずがない」

 いつだって優奈の先をいく手の届かない人が、目の前に跪いているなんて。

「俺は、そんな自分を認めたくなかったし向き合いたくもなかった。そして」

 そこで少し沈黙した雅人は、意を決したよう、その瞳に明確な強さを宿し優奈を見つめる。

「俺はあの男に、憧れている。退屈な大人になるなと教えられたあの男の声が、何かを決める時いつも俺の中にあった。俺は、あの男の血を間違いなく濃く受け継いでる。お前をきっといつか傷つける」

(ああ、そっか……)

 この人は、怖かったのか。
 優奈は胸の内で、何やらストンと全てが繋がり出した。
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