愛しのフェイクディスタンス
「……い、痛いよ」
そう口にした優奈を抱き上げて雅人は廊下を歩き、たどり着いたリビングのソファーにソッと降ろす。
「優奈」
雅人の瞳はいつだって獰猛さと、相手を射抜き離さない強さを持ち合わせている。
しかし、今優奈を見るその瞳はどうだ?
弱々しく揺れて、何を請うというのだろう。
膝をつき、優奈を囲い込むように両サイドに手を置く。まるで逃げ場を無くしてしまいたいように、距離を詰める。
「俺は、お前が思っているような男じゃない」
「どう言う意味?」
聞き返すと、雅人は息を呑んで俯いた。しかしすぐに優奈へと視線を戻し、ゆっくりと口をひらく。
「優奈が、五歳の頃だったな。初めて会ったのは」
遠い昔を思い返すように。
深く息を吸ってから、ふぅ……と息を吐き出し、言葉を探しているのか。
ようやく見つけ出したかよう、ゆっくりと口にする。
「……可愛くて仕方なかったんだよ。優奈の感情全てが俺の支配下であることが、堪らなく嬉しくて」
「支配下?」
優奈にはイコールにならないその言葉たち。目をぱちぱちと瞬かせていると、雅人は眉を下げて小さく笑い声を発した。
まるで嘲笑うかのように。
「俺が黒だと言えば、お前も黒だと笑う。俺が白だと言い換えればお前もそうだと頷く。お前に優しかったお兄ちゃんは、そんな優越を得るため。そして自分の存在価値をそこに見出して安堵するため……その為にお前を猫可愛がりして俺に縛り付けていただけにすぎない」
「それの何がいけないの?」
あまりにも雅人が悲壮感たっぷりに話す。その意味がわからず軽く優奈が返すと、今度は雅人が何度も目を瞬かせた。
何を驚くことがあるのかと、優奈の方も戸惑ってしまう。
「何がいけないって?」
「うん」
「……お前の、俺への気持ちは俺が俺のために取った行動で作られたものだろう。作為的なものだ」