愛しのフェイクディスタンス
「大丈夫そうです、落ち着きました……あの、話ってこの間の」
家のトイレまでは何とか持ち堪えられそうだ。優奈は、平然を装い雅人に話しかけつつ、立ちあがろうと脚に力を込めるが。
「話は後だ」
言うが早いか、軽々と優奈を抱え上げた雅人が大股で歩き出した。もう目の前に迫っていた優奈のアパートに向かっているようで、入り口前には場違いなエンブレムをつけた車が停まっている。
「優奈、鍵を貸すんだ」
「……ちょ、何」
優奈のバッグをいつのまにか肩にぶら下げていた雅人が、貸すんだと言ったわりに無遠慮に中を弄り部屋の鍵を取り出した。
そして迷うことなくアパートに入り二階の真ん中、優奈の部屋を開錠したのだ。
(ちょっと……なんで部屋知ってんのよ……もちろん表札なんて出してないし)
と、もちろん声には出していないが恐らく顔に出ていたんだろう。バツが悪そうな顔で優奈を見下ろした雅人。
「……ごめん、この前近くまでしか送らせてもらえなかったから少し調べて」
「……はい?」
調べたって何を?
問い詰めるよりも早く、再びやってきた吐き気に負けて黙り込む。
その様子に気がついた雅人は乱暴に玄関のドアを開いて、優奈の靴を脱がせ「ここか?」と、トイレのドアノブに手を掛けた。
優奈はコクコクと頷き、雅人が既にドアを開けてくれていたトイレへと駆け込んだ。
すぐに立ち去ってくれるのかと思いきや、そんな考えは甘く。隣で背中をさすられ苦しいやら、情けないやら恥ずかしいやら。
掴みきれない訳の分からない感情の渦の中で、涙と嗚咽が止まらない。
(なんでこうなるの、私そんなにバチが当たるようなことしてきた?)
神様がいるならどうして、と訴えかけたい。何なら生涯拝むことも讃えることもないだろう。
こんな再会など微塵も望んでいなかったから