愛しのフェイクディスタンス
「……じゃ、じゃあ、今から退職願の書き方でも検索して仕上げちゃおうかな、それがなきゃ話にならないよね」
「まあ、必須でもないけどお前が必要だと思うなら。それよりも寝なくていいのか?」
「はい。決めたら決めたですぐに行動しちゃいたいですから。あとで封筒とか買いに……」
なんと。言葉の途中で、グゥ、と。物凄く間抜けな音がお腹から鳴り響いた。
(いやいやいやいや!!待って、久々にお腹鳴ったかと思えば今なの!? 久々……)
あ、と思わずお腹ではなく口元を押さえた優奈。
空腹感を久々に感じた身体に、どれだけ単純なんだと罵りたい。
恥ずかしくて横を向いたまま固まっていると、クク……っと小さく聞こえた笑い声。
そろりと視線を向ければ、それは……いつも一緒にいた頃の、よく知る無邪気な笑顔。
「今日は俺も会社は休みなんだ」
「……うん」
「仕事には出るけど昼までは時間があるから、どうだ? 優奈の大好きなパンケーキがうまいって評判の店があるんだよ、ちょっと走れば」
「え」
「モーニングもやってるから、食べに行くか?」
即答しない優奈を前に、雅人は「風呂に入りたいなら入っておいで。身支度したいなら待つし」なんて、慣れた様子で言葉にする。
それは、まるで"お風呂に入りたい状態で目覚めた"女性への声掛けに慣れてるみたいで、チクリと胸が痛んで。
「うん、まーくんは入らないでいいの?」
「ああ、俺は帰ったら入るよ」
「……そっか」
熱を持った心臓。痛む心臓。
伝えようとしてくれているものに蓋をする。今は、まだ認めたくないから。