愛しのフェイクディスタンス


「そうでした。ご挨拶が遅れましたが村野工務店様、以前うちの求人サイトでお世話になりまして、ありがとうございました」
「あ? そうなのか?」
「数年前、営業が一度、こちらに伺ったことがあるようです」

 知らなかった! と、優奈は声を出しそうになるのを何とか堪えた。
 その時に優奈は村野工務店にはいなかったのこもしれないが……全く関わりのないところで生きていた気になっていたが、世間は狭いものだ。

 しかし、優奈が呑気にそんなことを考えている間にも村野と雅人の会話は続いていた。

「ああ、そういうことか、求人な。お若い社長さんよぉ。だったらちょうどいいじゃねーか。こっちはあんたの身内に迷惑かけられようとしてんだよ、次の事務員の募集は大きく載せてくれよ、もちろんタダでな」

 どうやら客側だったことで、村野は強く出たようだ。
 ペチペチと雅人から受け取った名刺をデスクに打ち付けながら、口調を荒くした。
 そんな二人の間に、どこで口を挟もうかと模索する優奈だが、タイミングを計れないまま。
 相変わらず落ち着いた口調のまま雅人の声が続いた。

「そうですね、もちろん喜んで対応させていただきます。そして私の父にも謝罪をさせましょう、優奈が大変お世話になりましたので」
「ああ? 父親ぁ?」
「はい。申し遅れましたが、父は高遠一級建築設計事務所を経営しています。過去、住宅のみを手がけていた頃はこの辺りでよく仕事をしていたので村野様もご存知かもしれないですが」
「高遠先生!?」

 村野が、雅人から手渡された名刺をマジマジと見下ろし、「高遠……」と呟きながら顔を上げる。

「はい」
「そ、そうでしたか! 高遠先生の息子さん! いや、それは知らなかった。最近は先生も仕事をセーブされてるんですかね、昔のように個人住宅を手がけておられるとか」
「そのようですね」
「いやいや、これは。また高遠先生にご挨拶ができればと思っていたんですが、なかなか今はご縁なく。父の代の頃にはそれはそれはお世話になっていて」
「ありがとうございます。では、事細かく伝えてもよろいしでしょうか」

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