愛しのフェイクディスタンス
「……優奈」
なかなか、やはり。
ガードが堅い雅人。しかしここで大人しく引き下がったとして。
結局は想いを殺すことなどできない。
それを知ってしまった優奈は、高校三年の冬。あの失恋の頃よりも厚かましくなれてしまっているのだ。
「作ってる間楽しかったんだぁ。あ、いや焦ってたんだけどね、うまくいかなくて。でも私昔はこんなふうにまーくんのことばっかり考えてお菓子作ったり料理したりしてたなぁって」
にっこり笑顔を作った優奈を暫し見つめた後。
「…………わかった。ありがとう、楽しみにしてる」
雅人は決して穏やかではない顔と声で、優奈のわがままな提案を聞き入れてくれたのだった。
「そういえば優奈、風呂はまだ? もう遅いから早く入っておいで」
「お、お風呂!?」
唐突な雅人の言葉に優奈の声はあからさまに上擦った。
「入らないつもりか? 俺は後で良いから先に入って早く寝るんだ」
ピシャリと言ったその顔は、やっぱりお兄ちゃんの顔をした雅人。今から二十五歳の女が入浴をしようかというのに特に気にする様子もない。
(まぁ、そりゃそうか……。どこに妹の入浴に興奮する兄がいるんだってね)
今度はチクリと胸が痛くて苦しい。
なんとも忙しい心臓だ。
「わかった、お風呂入ってきます」
もう数回使用してる雅人宅のバスルームだけど、雅人本人が在宅中に使用するのは初めてだ。
ドアで隔てられているとはいえ、雅人がすぐ近くにいる空間の中で裸になるのは緊張する。
(って、緊張なんてしても虚しいだけなんだから落ち着け落ち着け……)
特に何かあるわけでもないだろうに、念入りに身体を洗って、脱毛してある部分以外のムダ毛なんかもチェックしたりして。
ほかほかと湯上がり、まーくんも時間遅いんだから早く入りなよ!と、背中をぐいぐいバスルームに向かわせようとしたが。
「俺はもう少しあとでいい」と、頑なな雅人はなんとキッチンの片付けを始めてしまう。
「それやめて!私やるから!」
叫ぶ優奈を笑ってシッシと追い払う。
(ねえねえ、知ってるかよ私?)
遠足は家に着くまでが遠足。料理は片付けまでが料理。
良いところを何一つ見せれていない、この現実よ。