愛しのフェイクディスタンス
顎に手を当てながらしみじみと雅人が言う。
数着しかなかったスーツをアパートから持ち出し、今日着用したのはネイビーのもの。
インナーは無難に白。
無地のラウンドネックのブラウスだ。
あまりにもマジマジと見つめてくるので。
そういえば雅人にスーツ姿を見せるのは初めてだったことに今更ながら気がついた。
「制服って……まーくんいつから時間止まってるの」
と、言って、ときめきを隠しつつ生意気に返してみたつもりが墓穴を掘ってしまったことにすぐに気がつく。
いつからって、見窄らしい身体を晒したあの日からまともに会っていなかったのだから……どうしたってそこに行き着いてしまうではないか。
全力でこの話題を早々に引っ込めなくてはならない。
「ま、まぁいいや! 制服の話終わり! わざわざ下まで降りてきてもらってごめんなさい!」
「構わないぞ。じゃ、行くか」
言いながら、雅人は優奈の腰に手をまわす。
何とも自然な動きだ。
周囲から小さなどよめきが起きているのに、雅人は気がついていないのか。
いや、さっきの様子を見る限り聞こえていたところでもう慣れっこなのだろう。
そのまま平然とした様子でビルに入り、いくつも並ぶエレベーターの一番奥の扉の前で立ち、「緊張してないか?」と、優奈に問いかけた。
今の今までわりと平常心を保っていたのだけれど、雅人の登場で一気に緊張してきてしまったとは口には出来ず。
曖昧に笑顔を作り、大丈夫。の気持ちを伝える。
到着したエレベーターに乗り込み、その中で思うことといえば。
雅人の注目度は会社の大きさに縛られず抜群で高いということ。ちょっと広場に顔を出しただけで騒がれるのだから、やっぱり本当に別世界の人物になってしまったのだと実感してしまう。
(なんてね! 落ち込む前に今日は初出勤! 仕事仕事!)
本日既に何度目かの喝。
気合を入れ直したところでエレベーターの動きが止まって扉が開いた。