愛しのフェイクディスタンス



(って、何するとこ?)

 とは聞けなかった。
 村野工務店は社員数が少なかった。
 だから、部署名とか、役職名とか、優奈はそういったものがさっぱりよくわからない。

「一応色々分かれてるけど、経営企画は俺や琥太郎のデスクもあるし、まあ俺もその方が都合が良いかもなって折れたわけなんだけど」
「……そうなんだ」
「嫌だったか?」

 ポカンと内容を飲み込めていない優奈を気遣うように覗き込む、端正な顔面。
 
「い、嫌なんて……そんな贅沢言わない」
「そうか、いい子だなぁ優奈」

 一度復活してしまった恋心は強大だ。ドキドキが止まらない。
 俯いた優奈の気など知らず、雅人は満足そうに頭を撫でる。

「子供扱いしないでよ、会社でしょ」

 軽く口を尖らせる優奈が顔を上げると、ニコニコと機嫌の良さそうな笑顔。

「はは、悪い悪い。優奈がいると嬉しいからか、仕事に来てる気がしないな」
「嬉しいの?」
「嬉しいよ、まあ困ることもあるけどな」

 困ること? それは近しい人間がいると働き辛いとかそういったものだろうか? 
 
(話の流れ的にそんな感じだよね……)

 だとしたら申し訳ない。
 優奈は生活が落ち着いたならいつまでも頼っていないで働く場所は自分で探さなければと改めて決意をした。

 なぜならば。

 恐らく普通に求人を見て応募していたなら、優奈など面接にも漕ぎ着けないかもしれない学歴と職歴しかないのだから。ここが居場所になるだなんて勘違いや高望みはしてはいけない。

(家では一緒にいられるんだし……頑張ろう)

 決意を胸に廊下を少し歩き、突き当たり。
 経営企画のプレートがあるドア。
 雅人がそのドアを開けようと手を伸ばした。ドクドクと心臓が大きく脈打つ。今日から新しい毎日が始まるんだ。

「あら、おはよ。高遠くん」



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