愛しのフェイクディスタンス





「……あの、すみません」
「どうした?」

 受付横から伸びる廊下を歩き出した雅人。

「あ、あんまり触るとダメ」

 戸惑った優奈がそう口にすると不思議そうな顔で見下ろしてきた。
 
「ん?」
「ずっと、視線が凄いんだってば……嬉しいんだけどさ」
「気になるのか?」

 すっとぼけた雅人の返答に優奈は肩を落とす。
 
「パッとしない謎の女が社長の隣歩いてるだけでもおかしな話だろうに、こんな引っ付いてたら殺されそう」

 言いながらぶるっと震えた優奈を、暫し無言で見つめた後、ぶはっ! っと雅人は堪えきれなかったのが大きく吹き出して笑い声を上げた。

「そんなわけないだろ。優奈のことは俺のまわりには詳しく話してあるし、そこから下にも……まあ当たり障りなく伝わってると思うぞ」
「当たり障りなく……」
「そうだ、俺や琥太郎の予定管理なんかをやってる人間が何名かいるが」
「秘書的な? すごーい、さすが社長と副社長」

 パチパチと拍手をしながら応えると、苦笑しながら雅人はくしゃくしゃと優奈の頭を撫でる。

「大袈裟だな。まあ、そうだな広報なんかも兼ねて。そのうちの一人は俺たちと付き合いの長い奴だから、困ったら直接その女に伝えて」
「……女」
「マキっていうから。俺は社内にいないことも多いし、優奈のこと頼んである」

 秘書、女。
 そんな言葉で胸の奥がざわつく程に、会社で社長の顔をしている雅人が遠く感じてしまっていた。少しずつ思い出される片想いの痛み。
 近くて、遠い。
 物心ついた頃からずっと、つきまとうもの。

(なんのなんの! わかったうえで片想い復活したんだってば!)

「……わかりました、でも、私事務で入ったんですよね?」
「ああ、それなんだけどごめん。さっき名前出ただろう? マキが聞かなくてな……優奈には経営企画に来てもらうことになって」
「経営企画?」

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