愛しのフェイクディスタンス




「このシステムで高遠さんたちの予定管理してるよ。急な変更はアナログだけど。逐一見てないと勝手に予定入れてきたりするから調整して。接待の店も予約入れたり、出張時の宿泊先やスケジュールの管理も」

 パソコンの画面を優奈の方に向けて、ゆっくりとした口調で奥村が説明をしつつ画面を操作する。

「……は、はい」

 経験したことのない仕事内容だ。秘書的なものになるのだろうか。そんな高等なスキルは優奈に皆無だ。

「ゆっくり覚えたらいいよ。俺もマキさんもいるから」

 不安が顔に出ていたのだろうか。
 すぐに奥村の穏やかな声。

 これから多くの時間を共にし仕事をするのがマキと奥村だというなら、幸運すぎるかもしれない。

「今日からご指導よろしくお願いします」

 隣の奥村の方に体を向け深く頭を下げ、ゆっくりと顔を上げると、先ほどとは違い隣に座っていたのだ。
 もちろん互いの顔が目の前にきてしまう。

 しまった! と思い距離を取ろうとした優奈のそれよりも早く。

彼は酷く驚いた様子で、顔を赤くしながらイスを倒し立ち上がる。

「そ、そんなに、かしこまらなくても大丈夫! みんな高遠さんたちと距離も近い、年齢関係なく働いてる、から」
「あ、えっと、はい。ありがとうございます」

 怯んでまわりをよく見ていなかった。奥村のパーソナルスペースを侵してしまったようで申し訳ない。

「すみません、接近しすぎて驚かせてしまって……」

 項垂れていると、「謝らないで!」と大袈裟な声が返ってきた。穏やかでゆったりとした印象を持っていただけに、呆気に取られていると奥村が立ち上がった先で小さく深呼吸を繰り返した。

「ちょっと、ごめん。まさか、会えると思ってなかったから舞い上がってるだけで」
「舞い上がる?」

 優奈が聞き返すと、奥村は何度か言葉を発しかけては飲み込む……を繰り返し。

「ちゃんと謝りたかったし、何度か同じ時間帯であの辺りウロウロしてたんだよね」

 絞り出されたようなセリフに「ああ!」と、優奈は納得の声を上げた。

「全然大丈夫です、こちらこそすみませんでした! ほんと、まさか、ですよね」

(なんて心配性な……)

 見ず知らずの人間のことを心配し、今も出社初日の優奈を気に掛け、どれほど思いやりあふれる優しい男性なのだろう。

 

 少し騒がしくしてしまったあとで、奥村はパソコンをプロジェクターに繋いだ。

「入社時の研修で使ってるものだけど、ごめんね」と、奥村が発した声に応えつつ流れる映像を見つめた。

 冒頭は雅人が立ち上げた、この会社についての説明だ。
 
 アプリの運営や開発、ネット広告等メインのIT、Web系のみでなく人材業界とも手を組み事業を拡大させているのだとか。
 

 雅人は一体優奈のどれほど前を行き、優奈はどれほど追いかけるのだろう。

 気持ちが沈みかけたところでふるふると首を振り、必死に、奥村の声や映像に意識を集中させた。

 

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