愛しのフェイクディスタンス




 これまでは決められたことを決められた期日までにこなす。その繰り返しだったのだが、ここに来てからは自分で下した判断が直接社長である雅人の仕事に影響をあたえてしまう。

 それは恐ろしいプレッシャーだった。

(今はまだマキさんが確認してくれてるけど)

 そうでなくなる日が来たなら、自分はこの仕事をこなしていけるのだろうか。

「瀬戸さん、最初は言われるままで大丈夫。マキさんも出来ることを選んで指示してると思うし、そのうち判断つくようになるから」

 優奈の頭の中は奥村に筒抜けだったらしい。

「あ! す、すみません、奥村さん。助けていただいてありがとうございました」

 そうだ。助けてもらっておいて、一瞬でも奥村の存在を忘れてしまっていた。
 なんてことだ!
 優奈が慌てて感謝を伝えると、目を細めたその表情の優しいこと。
 それでいて初日にマキから聞いたとおりに優秀で、社内では甘いルックスも仕事の的確さや素早さも。その全てが雅人や琥太郎に負けず劣らず目立つ存在であった。

(まーくんや坂本さんがワイルド系イケメンなら奥村さんは王子様系というか).

 さらには隙間ないスケジュールは奥村とて同じなのである。

(それなのにフォローばっかりしてもらって、情けない)

 肩を落とした優奈。その隣では奥村が軽く咳払いをする。

「あの……さ、瀬戸さん」
「……はい」

 ついに菩薩の奥村にお叱りを受けるのか。さすが村野工務店でコキ使われるだけだった人材。
 覚悟した優奈だったが、

「瀬戸さんと、高遠さんは……えっと、付き合ってたりするの?」

 まさかの発言に優奈は目を丸くした。
 ツキアッテタリスルノ? セトサントタカトウサン? 脳内でうまく変換できずカタコトのように渦巻く声。

 なんというパワーワードだろうか。

「え……、違います」
「でも高遠さんは君を好きだよね?」

(なんだって? どんな奇跡だそれは)

 耳を疑うしかないセリフだ。

「いえ? ごめんなさい振られまくっています」

 優奈は抑揚のない声と真顔で真実を答えるしかできない。

「……え? なんで」
「え? 私が……知りたいの、ですが」

 優奈を見下ろす奥村。
 奥村を見上げる優奈。
 気まずい空気と沈黙が暫し続いた後、奥村のスマホから着信音が響いた。

 彼は、肩を揺らし少しだけ驚いた素ぶりの後「ごめん、仕事中に聞く話じゃなかったね」と短く謝罪の言葉を発する。
 そうして優奈に背を向けてから、画面をタップし通話を始めた。

 誰かの目に少しでも雅人と優奈がそんなふうに映っているのだとしたら、脈なし二十年が少しは報われるというものだが。


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