愛しのフェイクディスタンス
「……あ、すみません。明日の部長会議の資料上がってきたので高遠さん用のものをまとめています」
「そっか、これ面倒だよね」と、隣に座りパソコンの画面を覗き込む。ここには専用のデスクがなく、雅人と琥太郎を除く全員で大きなデスクを共用し、使用している。
その為、膝が触れ合ってしまう距離に奥村がいる。とても近い。
「あ、ごめんね、近すぎる?」
ソワソワとする優奈の空気を感じ取ったのか。
確信犯のような余裕さだ。
奥村が耳元で囁くように言った、その時。
「お前たちだけか?」
ドアが開く音と共に雅人の声が聞こえて、優奈は咄嗟に飛び上がるようにして立ち上がった。
「……何してるんだ、優奈」
その挙動不審な行動に眉を顰めた雅人は、名を呼んだ優奈ではなく。
眼光鋭く奥村を見据えた。
「お疲れさまです、高遠さん。早いですね」
それに気がついているのかいないのか。
奥村は気にする様子もなく、穏やかに応えた。
「ああ、早く切り上げれたからな。都合が悪かったか?」
「いえ、そんなことないですよ」
「二人でゆっくり話したいのなら、会社を出てからにしろ」
雅人の声は疲れているのか覇気がない。
深く息を吐きながらネクタイを緩める仕草には、気怠さが漂う。
しかし空気はピリピリと張り詰めていて、暖かいはずのフロアに冷たい風が吹き込んできたかのようだ。
「で? 奥村。優奈が随分慌てていたようだが、お前にも何をしてるんだと聞いた方がよかったか?」
(……ひぃ!)
背筋にピリピリ、恐怖が走る。
覇気はないが激しい怒気を感じたから。
なぜだか兄の顔ではない"邪悪な方のまーくん"の君臨を予感した優奈は慌ててその会話に割って入った。
「千春さんが琥太郎さんのお迎えに向かったので! 奥村さんが仕事見てくれてて……!」
「…………そうか」
ほんの少し合わさった視線。けれど優奈が求める優しい表情にはならなかった。
(別に、妹扱いされたいんじゃないんだけど……)
それでも、奥村と食事に行った夜から数日続くこの微妙な距離感や空気。どうすればいいのか……実はお手上げ状態だ。