愛しのフェイクディスタンス
「もう遅いから帰りは奥村と一緒に帰るんだぞ」
そう言うと、優奈と奥村から視線を外し雅人はフロア奥の自席へと向かってしまい、そのままパソコンを開き何やら作業を始めてしまう。
再開した頃、いいや、この会社に来たばかりの頃も。朝は優奈の顔を必ず確認してから仕事を始めていたし、帰りにはできるだけ雅人のマンションまで送ってくれるか、帰宅を確認する連絡をくれていたりしたけれど。
(もう、それもなくなっちゃったな)
雅人は本格的に優奈と奥村がうまくまとまればいいと思っているんだろう。
それはただ気持ちを受け入れてもらえないことよりも優奈の心を深く抉りつける。
三人だけのフロアはとても息苦しい。優奈は奥村に質問をしつつ必死で仕事を片付けてしまおうと集中する。
千春に手伝ってもらい、もうほぼ終わっていたのだ。すぐに終わらせてみせる。
そこから三十分とかからずに「うん、大丈夫問題ないよ」奥村からのオッケーが出た。
「終わった……! 高遠さん、データ送ったので確認お願いします。明日の十四時からの会議分です」
優奈は立ち上がり雅人の元へ向かうけれど、すぐに「わかった。奥村はもう帰れるのか?」と、優奈を見ないまま奥村へと尋ねた。
「そうですね、うん。琥太郎さんも今日はいないし急ぎはないので、瀬戸さんを送りつつ帰らせてもらいます」
「ああ、お疲れ」
自席を立ち、けれど雅人の元へ辿り着けたわけでもなく。立ち位置微妙な優奈の肩に奥村の手が触れた。
「帰ろっか」
優奈を気遣うような、困ったような苦笑い。
「はい……」
急いで帰る支度をし雅人の方を振り返る。 やはり、こちらを見てはくれない。
「お先に失礼します」奥村の声に、短く「お疲れ」と返した雅人が、顔を上げることはないまま。
二人は経営戦略室のドアを閉めた。