今日から君の専属マネージャー
仕事を終えて駅のホームについたのは、私が乗る7時10分の電車が来る、ほんの数分前だった。
涼ちゃんは私とは反対側のホームなのに、わざわざこちらまで一緒に来てくれた。
「涼ちゃん、もうここで大丈夫だよ。
いくら変装してても、スターオーラは出ちゃってるから」
「ほんとに家まで送らなくていい?」
「大丈夫だって」
「なんかあったら、すぐ連絡しろよ」
もうすぐそこに電車が見えていた。
私たちの目の前にやってくると、電車からはたくさんの人が降りてきて、乗車列に並んでいた私はその波にさらわれそうになる。
それを、涼ちゃんが後ろから支えてくれていた。
降りる人をすべて見送ってから乗り込もうとするんだけど、私は一歩遅れてしまった。
たかが一歩、されど一歩。
__の、乗れない。
電車に押し寄せる人並みに乗れない私の背中が、後ろからそっと押される。
ぎゅっと押し込まれた瞬間、ドアがプシューッと閉まる音がくぐもって聞こえてきた。
電車が動き出したのと同時に、ガタンと車内が大きく揺れと、腕を後ろにひかれて私は窓のある壁際に押しやられた。
ふと視線を上げて、私は目を見開いた。
「りょっ……」
その瞬間、「しっ」と人差し指で口を押えられる。
__涼ちゃん、一緒に乗り込んじゃったんだ。
壁と涼ちゃんに挟まれて、私の心臓はドクドクと動いていた。
__どうしよう、涼ちゃんだってバレたら。
いつもの電車は人も少ないし、涼ちゃんは変装してさらにスマホを触って下を向いて誤魔化している。
だけど、この電車にはたくさんの人がいて、その中で長身でいかにも変装っぽい変装をしている涼ちゃんはかなり目立つはずだ。
それに、今はスマホを使うこともできない。
だって、両手は壁について、私を庇う様にして立っているんだから。
電車が左右に揺れるたびに、涼ちゃんとの密着度が上がる。
涼ちゃんの衣服が、私の頬をかすめていく。
そのたびにいい匂いがして、涼ちゃんの体温が感じられた。
涼ちゃんの息遣いが、私の頭の頂点から飛び出た細い髪をふわふわとなでる。
その呼吸音がかすかに聞こえる。
電車のガタンゴトンという音よりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえる。
そして涼ちゃんの鼓動も、この薄いTシャツを通して聞こえてきそうだった。
視線を上にやると、マスクとサングラスで覆われた涼ちゃんの表情は見えない。
黒いサングラスが鏡のように私の姿を映す。
サングラスに映る自分の姿に、思わず顔をそらした。
__私の顔、今ヤバいかも。
サングラスには、目をとろりとさせて、涼ちゃんにうっとりしている自分が映り込んでいた。
__こんな顔、涼ちゃんには、いや、他の人にも見せられない。
私は終始、顔を下に向けていた。