イノセント・ハンド
~その夕方~

式典のテロ対策本部が設けられた署では、全員がその対応に追われていた。

会場となる新東京ドームは、この署からわずかの所であった。

犯行予告とあっては、刑事課もカヤの外という訳にはいかない。


『紗夜、風井警視を知ってるか?』

宮本と駅の監視映像データを調べている紗夜に、富士本が話しかけた。

『知りませんが、どうかしましたか?』

『いや…。知らなきゃいいんだ。』

『そっか、紗夜さんは来たばかりだからね~。日本の警察で、彼を知らない人はいないわよ~。スタイル抜群、有能でクール。イケメンの笑顔がたまんないの。』

『は~いはい、サキさん。俺たち、休み返上して仕事してんですけどぉ。邪魔しないでくれますか。』


その宮本へ電話が入った。

『俺だ。』

『はい?誰です?』

『豊川さんよ。』

隣で紗夜がつぶやく。

『どんな耳してんですか!。内緒ばなしもできゃしない。』

『はぁ?俺の耳に興味あんのか?気持ち悪いこと言うなよ。』

向こうで豊川が赤くなる。

『い、いえ!こっちの話しです。それより何ですか?』

『あぁ、頼まれた例の事故だが、男の車は対向車線にはみ出して、正面衝突。即死だな。ただチョイとおかしなことが…。メールで写真を送ったから見てくれ。』

宮本がメールを開く。

『こ!これは!?』

『だろ?地下鉄の時とおんなじだ。どうなってんだいったい。』

『また…手…ね。』

紗夜がささやく。

死んだ東の左手には、クッキリと、小さな手の跡が残っていたのである。

『何これ?子供の手形みたい。気持ち悪ぅ~。』

サキの声に、デスクに戻りかけた富士本が振り返る。

『そ…そんな。バカな…』

『サヤさん。地下鉄で死んだ女に残っていたものと、全く同じです。』


『とにかく、データは後で全部送っておくから、難しいことは任せる。ヨロシクな。』

豊川が電話を切った。


パソコンの前で、暫く続く沈黙。

『課長、何か…?』

紗夜が富士本の不安な心を感じ取る。

『いや、別に…。』

『あ~あ、なんか見ちゃいけないものを見ちゃった感じ。課長、一杯やって帰りましょう。』

『サキ、車だろうが!』

『あら、タクシーで送ってくださらないの?何ならそのまま…』

サキがウィンクする。

『バカヤロウ!』

『アハハ。冗談よ。んじゃアタシはこれで。』
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