イノセント・ハンド
~風井竜馬の病室~


潰された背中は、何とかギリギリのところで命を守り抜いていた。


意識が微かに戻る。


自分のおかれた状況を把握するのに少し時間がかかった。

『助かった…のか…。』

忘れようとして、忘れられなかった罪の記憶。


安堵と共に、後悔の念が彼の心を締め付けた。


事実、この17年間、あの時の少女の顔を忘れたことはなかったのである。


『あっ、気がつきましたか。自分が分かりますか?』

側にいた看護師が話し掛ける。

ゆっくりうなずく風井。


『高橋と言います。2週間もすれば、動ける様になりますからね。それまでは、私がお世話します。』

その後は、警察の医療施設へ移されることになっていた。


『あの…。』

小さく彼が話しかける。

『はい?』


『彼女は…、姫城さんは…?』


殺そうとした相手が心配?
そんな言葉が高橋の顔に一瞬浮かぶ。


『彼女も先ほど意識が戻りました。右手はもう元には戻りませんが、何故か、17年間見えなかった目は見える様になった様です。』


(……!)

驚きと共に、安堵感が風井の心にわいた。


『…そうですか。それは、良かった。』

何故か涙が流れた。

その時。

彼は『それ』に気づいた。


『では、何かあったらナースコールしてください。』

冷たく言い捨てて、ドアを引いた高橋を呼び止める。


『あの…。彼女に会うことはもうありません。許してくれとも言いません。ただ一言…すまなかった…と、幸せに生きてくださいと、伝えてくれませんか。』


彼の涙に気付く高橋。

『わかりました。』


そう言って、出ていった。


静かな部屋で天井を見つめる風井。


『もう、いいよ。長かった…な。』


目を閉じた。



高橋が閉めたドアの前に、あの少女が、立っていた…。
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