たとえ9回生まれ変わっても


お客さんが帰って、ほっとひと息つく。

「今日は忙しいね」

「うん。シュトーレンがすごく売れてるよ」

「ああ、クリスマスの定番だもんね」

シュトーレンというのはドイツの伝統的なパンで、クリスマスの定番スイーツとして知られている。

バターをたっぷり練り込んだ生地に、ドライフルーツとナッツを入れてまわりを粉砂糖で覆った、ご馳走みたいなパンだ。

外国ではクリスマスの4週間前から、家族や友人とシュトーレンを少しずつ食べながらクリスマスを待つという風習があるらしい。

「ぼくもちょっと食べさせてもらったよ」

「どうだった?」

「うーん……ちょっと固かった」

紫央は首をひねって言う。

「あはは、正直。わたしもふわふわのパンのほうが好きだなあ」

わたしは笑って言った。

こんな風に何気ない会話をしていると、安心する。

やっぱり、紫央は突然いなくなったりしないよね。

「ん?」


わたしの視線に、紫央が不思議そうな顔をする。

「な、なんでもない」

つい見すぎてしまった。

わたしは恥ずかしくなって、パッと目を逸らした。

自分でも驚いている。

こんなに強く、誰かと一緒にいたいと思うなんて、初めてだから。

もっと近づきたくて、でも距離感がわからなくて、押したり引いたりする波みたいに、不安定な気持ち。

紫央の近くにいたい。

いまはまだ、そう言葉にする勇気はないけれど……。

いつか、もう少し自信が持てたら、この気持ちを伝えられたらいい。



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