協道結婚

「さて、今朝はこれくらいでいいです。ありがとう静華さん」

「どいたま〜。あのさぁ…。一応は結婚中なんだから、そろそろ、さん付けはやめない?」

その頃誠は、「どいたま」とはどんな玉で、なぜ今のタイミングで出てくるのかをググっていた。

「全く。ねぇ、さん付けはやめようよ。夫婦感無くなるし。ねっ💕まこと💕」

ハートが届いたかは定かではない。

「あ、ああ、そうですね。では私は、しずか💖って呼びますね」

ハートは静華がムリムリつけたもの。
それでも、すっごく幸せな静華であった。

「静華、会社はいいの?」

(ムフっ!)

「今朝は、お客さんが見にくるので、現場直行なの。付き合ってよね、ま・こ・と!」

「え、えぇ…もちろん」

誠の運転で、郊外の一軒家に向かう。
もちろん今日は営業用の…ベンツだった。

「ま…誠。いつも営業はこれ使ってるの?」

ハッピーの軽自動車とは大きな違いであった。

「ああ、さすがにオープンカーやフェラーリってわけにはいかないですからね。大丈夫、社の名前は書いてありませんから」

(そう言う問題じゃないって…)
さすが、天下の岩崎建設はちがうわ〜と格差を実感する。

物件が見えてきた。

郊外の住宅街のごく普通の家…ではない。
彼女が任される物件は、売れ残りである。

「あっ、神原さんもう着いてるわ」

家の前に、年期の入ったワゴン車。
玄関に、二人が立っていた。

「誠、こ…この辺でいいわ」
ベンツが止まる。

「おはよう御座います。神原さん、お早いですね〜」

とりあえず先に走って行き、挨拶する。
(あれじゃ、まるでデート中みたいじゃん!)

「おはよう御座います。道に自信がないもので、妻と、子供を送った足でそのまま来ちゃいました。」

チラッとベンツを見たのがわかった。

「と、とりあえず中へどうぞ」

鍵を開けて玄関へ入る。

築30年。
木造二階建ての4LDK。
多少のガタはあるが、こまめに換気していたため、古臭さはなかった。

「意外と、あっ、失礼。広く感じますね」

「え、えぇ。外観の見た目よりは広く感じると思います」

まだ家具のない部屋は広いものである。
また、壁が薄いせいもある。
神原さんの予算では、妥当な物件ではあった。

旦那さんは、窓の動きや柱の傷が気になる様で、隅々まで見ていた。

「さすがに築30年となると…多少の傷は仕方なくて…あっ、ご希望でしたら窓は最近の二重サッシに変更可能です。…追加料金にはなりますが…」

その時、隣の犬🐕が吠え始めた。

「いつも、ああなんでしょうか?」
少し怪訝そうな顔。

「いえ、いつもってわけでは…」

「でも、貴女、いつもこの家にいるわけじゃないから、分からないんじゃない?」

「あ、はい。…そうですね、すみません」

(やっぱり私は向いてないかな…)

そこへ奥さんが追い討ちをかける。

「台所は、リビングが見える間取りじゃないわね、やっぱり。コンロもガスだし。」

「はい、最近の形にはなっておりません。でも私の実家もそうですし…」

「貴女の実家は関係ないでしょ」

(確かに。私何言ってるんだろ💦)

「コンロは、例えばお風呂等も含めてオール電化にもできます」

「追加料金でしょ」

「は、はい。…割引料金にはなりますが」
(あ〜ヤバい!最後のお客様なのに)

ふと気がつくと、誠も中にいてあちこちを見て回ってた。

(あっダメ!彼氏連れなんて思われたら…)

「神原さん」

人の心配も知らず誠が話しかけた。

「築30年でこれは、立派な家ですよ。さすが日本建築の強さですね。」

突然話しかけられたが、誠の落ち着いた声に聞き入る旦那さん。

「それに立派な柱じゃないですか。この柱に、これからは神原さん達の絆が残されていくのです。窓もこの家には、このままが風情もあっていいと思いますよ。少し開き難いくらいが、泥棒も入り難いですしね(+微笑み)」

台所から奥さんが、「クスっ」と笑った声が聞こえた。

「なるほど、確かにそう言われると、大した家にも思えますね」

(えっ、えっ、なにその笑顔?)

「隣の犬だって、あの感じだといい番犬になりますよ。それに、神原さんも犬好きでしょ?」

「どうしてそれを?」
(どうしてそれを?)
私の心の声とシンクロした。

「すみません。お車のダッシュボードの上に、散歩用のリードが見えたので。」

「ええ。時々広い公園へ連れていくんです」

「犬好き同士、お隣さんとも上手くいくかも知れませんね(+笑顔)」

その会話を聞いていた奥さんが加わる。

「奥様も本日は来ていただき、ありがとうございます。(+イケメンの微笑み)」

「いえいえ、貴方は…?」

「あ、私はまだ研修中でして、また後で怒られそうです」

言いながらチラッと私を見る。

「奥様、最近の流行りはリビングとキッチンがワンフロアですが、失礼ながらそれはワイワイ騒ぐ若者向けです。旦那様は、キッチンには立たないですよねぇ」

旦那さんの様子を見ながらの笑顔。

「はい。全くそうなの!それなのに、味が濃いだの薄いだのと文句だけは多くて。オホホホ」

(何よ、その笑いは!二重人格か!)

「料理なさる時は、旦那様を気にしなくていいので、この間取りの方がよろしいかと」

「それもそうね。アハハハ」

また笑ってるし。

(イケメンって凄いわ)

「貴女、電化もお願いね」

(はあぁ〜?)
「は、はい。ありがとうございます」


こうして、無事に商談は成立したのであった。


ワゴンを見送ってベンツに乗る。

「だ〜れが研修中だって?誰が怒るって?」

「あっ、いや、すみません。でも、あの家には、ああいう家族に住んでほしいなーって、思ったんですよ。」

イケメンが微笑む横顔は…好き。❣️
< 12 / 26 >

この作品をシェア

pagetop