sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
「友哉、もう行くのか?」

「昼過ぎの飛行機だから、そろそろ」

「気をつけてな」

「ああ。親父も、無理すんなよ」


結局、彼女とは連絡がつかないまま、俺はパリに戻ることになった。
高橋さんにも手を尽くしてもらったけれど、彼女は見つからなかった。


「友哉、そろそろ出ないと・・・あんまり余裕無いわよ」

「分かってる、いま行く」


母親の車で羽田に向かった。
空港に近づいていく景色をながめながら、彼女のことを考えた。

どこにいて、何を考えているんだろうか。
ちゃんと食事はできているんだろうか。
ひとりで泣いているんじゃないだろうか。

考えれば考えるほど、胸が苦しくなった。

『美味しく焼けますように・・・』

そうつぶやく彼女の横顔を、忘れることなんてできるはずがない。


「友哉、もしかして酒井さんのこと好きだったの?」


バックミラーで、俺の思い詰めた顔を見た母親が、ふいに言った。


「さぁ・・・話したことも無いよ」

「あの子・・・ものすごく真剣にお菓子を作るのよね。それがとっても美味しくて」

「食べたの?」

「何度かいただいたわ。それに真剣なだけじゃなく、かわいいところもあって、焼く時に何か呪文を唱えるのよね」

「どうしてそれを・・・」

「たまたま見ただけ。お友達のお見舞いに、支店で焼き菓子を買って行こうと思って寄ったのよ。お店の裏に回ったら、ちょうど酒井さんがオーブンにお菓子を入れるところだった」


その姿は、もう俺の目に焼き付いていて離れなかった。
目を閉じると、その光景だけじゃなく、バターの香りまで漂うほどだ。


「友哉も知ってたのね。私だけかと思ったのに」

「俺は、その呪文の中身も知ってる」

「なるほど。友哉に魔法をかける呪文だったんだ」

「そんなわけないだろ・・・」


思わずバックミラーから視線を外した。


「友哉がパリに連れて行きたいと思うくらい、大切な人だったのね」


言葉に詰まった。
どんなに大切に思ったところで、彼女には何ひとつ伝わっていないのが現実だ。

彼女は、俺のことを何も知らない。


「母さん、頼みがあるんだけど」

「何?」

「無理を承知で頼みたい。どうにかして彼女を探し出して、助けてやってほしいんだ」

「友哉・・・」

「方法は母さんに任せるから。パリにいる俺には、どうすることもできないわけだし」

「・・・分かったわ。でも、あまり期待しないでよ」

「ありがとう」


ほんの数日で、こんなにも誰かを思うことがあるんだと知った。
そして、手の届かない苦しさも・・・。

いつか、彼女に会える日が来るだろうか。
それとも、忙しい毎日の中で、少しずつ忘れていくのだろうか。


「そういえば・・・」


支店に行った最後の夜に、彼女の作った焼き菓子の試作品をいくつか持って来た。
今も、バッグに入ったままだ。

茶袋を開けると、個別包装されたものが3つ入っていて、そのうちのひとつを開けた。
ふわっ、とバターの香りがして、口に入れたところで涙が出そうになった。


もし、いつかまた彼女に出会うことができたら。
絶対に、抱き締めて離さない。


そう誓って、俺は日本を離れた。
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