sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
あれから、どれくらい季節がめぐっただろうか。

パリに戻ってから数日は、何も出来なかった不甲斐なさで、夜に寝付けないことさえあった。

とはいえ、だんだん日常に戻っていくと、仕事中は思考の中から彼女がいなくなる時間が増えていった。


「母さん、探してくれてるかな・・・」


何の連絡も無く、彼女を探しているのかどうかすら分からない。

どこかで、パティシエを続けているのか。
もう諦めて、他の仕事についているのか。

目を閉じると、オーブンの前にいる彼女の姿が浮かぶ。


「友哉くん、手紙が来てるよ」


休憩時間を終えて店に戻った俺に、社長が手紙を持って来た。
俺に手紙をくれるような人、いたか?


「手紙・・・ですか?」

「はい、これ」


渡された封筒を裏返すと、そこには母親の名前があった。


「それ今日子(きょうこ)さんだろ? 珍しいな、手紙なんて」


社長は、親友である俺の親父の奥さん・・・つまり俺の母親を名前で呼んでいた。


「そうですね。手紙なんて一度も送って来たこと無いはずですけど」


不思議に思いつつも、近くにあったナイフを手に取り封を開けた。
中には、たった1枚の白いカード。

引っ張り出してみると、そこにはひと言だけ。



『見つけたわよ』



そう書いてあった。


え?


見つけた?


見つけたって・・・


・・・まさか!!!


カードを持つ手が震え始めた。


何か他に情報は無いのかとカードを裏返すと、そもそもこれはカードではなく写真だった。


ああ・・・。

そこには、にっこりと笑う彼女がいた。


探してほしいと頼んだものの、今まで何の連絡も無く、いきなり写真を送ってくるとは・・・。
ーーどういうことだ!?


とっさに店の壁にかかっている時計を見ると、午後3時半を指している。
ということは、8時間の時差がある日本は午後11時半か・・・さすがに遅いな。


「明日にするか・・・」


ひとまず写真を封筒に収め、それを持って店の裏口から外に出た。


改めて、封筒から写真を出す。
カメラに目線を合わせているから当然なのだが、そこに写っている彼女は俺を見ているような気になった。

いつも彼女の横顔ばかり見ていたから、正面から顔を見るのは、この写真が初めてだった。

しかし、誰がこの写真を撮ったのだろうか。
彼女の笑顔は、カメラのレンズを通して、誰に向けられたものなのだろう。

少なくとも、俺じゃないな・・・。

写真の中でにっこり笑う彼女に、気持ちがほころんだ。
見ている俺まで微笑んでしまうような、やわらかい笑顔だ。


「何かいい知らせでもあったのかい? 何だか嬉しそうだね」


タバコを吸いに外に出て来た社長に、声を掛けられた。


「まぁ・・・いい知らせですかね。ずっと待ってたんで」

「へぇ、何だろうね。友哉くんが嬉しそうに笑うところなんて滅多に見ないから、よっぽどいい知らせなんだろうなー」


何だか恥ずかしくなって、先に戻りますねと伝え、俺は店に戻った。

彼女の写真は、封筒ごとコックコートのポケットに入れた。

それから仕事が終わるまで、何度もポケットに手を当てている自分がいた。
本当に無意識に、何度も。
< 14 / 32 >

この作品をシェア

pagetop