若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 ゆっくりと青白い顔が僕の方に向けられた。少し潤んだような黒い瞳が僕を見る。
 彼女が僕を見る。
 この人だ。やっぱりこの人だ。
 この人だこの人だこの人だ!
 またしても盛大な福音と喜びの声が脳内に鳴り響く。
 落ち着け自分!

「良かった。視界、戻りました?」

 この出会いに心からの感謝を!
 そう思いながら、彼女に、少しでも好感度の高そうな笑顔を向ける。すると、お礼を言われた。

「ありがとうございました」

 そのまま、彼女は両膝に手をつき立ち上がる。
 まだ休んでいた方がいいんじゃ……と思っていると、案の定、彼女は苦しげに眉根を寄せた。
 守らなきゃ。
 僕の運命の人。

「送ります」

 気がついたら言っていた。
 普通に考えて、かなり引く。初対面の相手に何言ってんだ、自分。いやでも言い方はともかくとして、既に車は呼んでしまった。
 だって、こんな状態の人を一人では返せない。

「いえ、すぐそこ駅なんで」

 当然のように、彼女は自力で帰ろうとする。
 ダメだ。離さない。
 いや、そうじゃなくて、このまま帰したら危ないでしょ。本人自覚薄いけど、相当体調悪そうだし。
 左手……指輪ははめていない。さりげなくチェック。結婚はしていない、よね?

「でも、ホント、顔色悪いですよ。車呼んだんで」

 そんな会話の間にも彼女は何度も辛そうな表情を見せる。これは、どこか痛いのか?

「ごめんなさい」

 嫌だ。断らないで!
 そう思う気持ちが表情に出ていたらしい。

「ああ、いえ、そうじゃなくて」

 彼女が慌てたように言った。

「え?」

 じゃあどう言う意味?

「これ」

 と、彼女は僕のスーツの胸元を指す。

「ごめんなさい。ぶつかった時に私が付けたんだと思います」

 見ると彼女の口紅の痕らしき赤いシミが着いていた。
 なにこれ、ご褒美か!?
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