高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
「私の父親だって立派な公務員なんですよ。市役所職員です」
「もちろん立派な職業だとは思います。だた、社会的地位を考えた場合の話です。高坂さんだってわかってるでしょう?」
「……そうですね」
力なく笑って答える。
緑川さんはそんな私をじっと見て「うらやましいですか?」と聞いた。
「うらやましい……」という言葉を舌の上で転がし、ゆっくりと考えてから答える。
「桃ちゃんとは高校の頃からの付き合いなんです。だから結構長い間友達として仲良くしてますけど、桃ちゃんをひがんだことって一度もないです。経済的に恵まれているからって桃ちゃん本人の苦労が少ないわけじゃないのもわかってるので」
そこで一度切ってから、目を伏せ、笑みを浮かべる。
「だから、今、初めて桃ちゃんをうらやましいと思いました」
素直に白状してから苦笑いを作って緑川さんと目を合わせた。
「世の中、忖度ってありますよね。さっき話した部長もそうです。緑川さんはくだらないって言ってましたけど、会社っていう世界の中ではやっぱりあるんです。そういう忖度が。それと一緒で、上条さんや緑川さんが、私よりも桃ちゃんを選ぶのは当然だってわかってますから」
そう笑ってから、ハッとして慌てて続ける。
「あ、今の言い方だとまるで桃ちゃんが家柄だけで選ばれてるみたいになっちゃいましたけど、そうじゃないですから。桃ちゃん個体で見ても、魅力あふれるいい子ですから、そこだけ誤解しないでください」