高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
「あ、もう本当に酔ってはいないですよ?」
後藤が大げさに説明したから、もしかしたら、私の酔っ払い具合を心配してくれたのかもしれない。
それ以外に上条さんがわざわざ降りてくる理由が見つからず謝ろうとした私に、上条さんは「違う」と言い、私と向き合うように立った。
ゆるい風が上条さんの黒髪を揺らす。
「やっぱりなにかあったんだろ。顔がおかしい」
「顔がおかしいって言われると正直ショック……」
「そういう意味合いじゃない。ついでに言えば、様子もおかしい」
私の様子がおかしいだけで、ここまで食い下がられるとは思っていなかったので、内心驚いていたし、気にかけてくれていることを嬉しくも感じた。
心配してくれているのなら、ともやもやの原因を口にしようとして、すんでのところでやめる。
桃ちゃんとのことは私が口出しすべき問題じゃないし……それに、いつからか胸の奥に生まれていた自分自身への疑問も残ったままだ。
今、なにか言うべきじゃない。
だから笑顔を作り「いえ、本当になにも……」と言いかけたところで、それにかぶせるように上条さんが言う。
「緑川やさっきの男には言えるのに、俺には言えないのか」
真面目な眼差しで問われる。
「え……緑川さん?」
どうしてここで緑川さんや後藤の名前が出てくるのかがわからずに眉を寄せる。
すると上条さんは、バツが悪そうに顔をしかめてから、ひとつ息をついた。