高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「でも、それでも私、逃げてちゃダメだって奮起して、桃ちゃんと話そうと思ったんです。だから今日誘ってみたら、桃ちゃん、〝上条さんと予定があるから〟って……目の前が真っ暗になりました」

桃ちゃんと会ってしっかり話をしたら、上条さんにも連絡を取ろうと思っていたのに、桃ちゃんの返信を見て、できなくなった。

「目の前が暗くなったなら、それは熱のせいね。バッグにはお財布が入ってるから大丈夫よね。保険証は? お財布の中? 他に何か入れなくちゃいけない物はない?」
「はい。あの、今の話、聞いてました?」

熱で浮かされたままじっと見ていると、水出さんは私のロッカーを閉めてうんざりした顔を向けた。

「聞いてたわよ。聞いてたけど、全然わからなかったし、私から言えることはすぐに病院に行って薬をもらうなり点滴打ってもらうなりした方がいいってことくらいよ。そもそも、朝から熱があったんでしょう? なんで無理して出社するの? そういう頑張りは逆に迷惑よ」

思い返してみれば、今日は朝からおかしかった。
なんとなく平衡感覚がグラグラしていたし、食欲もない。

でもそれは、上条さんと桃ちゃんのことをひとりで悶々と考え続けていたからだと思っていた。

だから、いつもなら必要以上に話そうとしない水出さんが急に顔をしかめて『高坂さん、もしかして熱あるんじゃない?』とおでこに手を当ててきたときにはびっくりした。

自分が熱を出していることにも、そのあと『熱! やっぱりあるじゃない!』と大声を出した水出さんがテキパキと早退の準備を整えてくれたことにも驚いた。


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