暴走環状線
そこへ、未解決事件特捜部の捜査員が駆け込んで来た。

「昴さん、見つけました!」

テーブルに古い新聞を広げる。

「一社だけ、載せていました。ここですここ」
新聞の表紙の左角を指さす。

「ちっちゃ❗️」

『幼児誘拐犯、現行犯で逮捕』

「東京新聞か、これは…多分消し忘れだな」

富士本があっさり指摘する。

「小さな新聞社で、今はもう無くなったが、良くあったんだよ。大きな事件が起きて、慌てて原稿を組み直すんだろうが、埋まらなかった隙間がそのまま残っただけだ」

彼には悪いが、皆んなの関心は違っていた。

『品川駅で山手線衝突❗️』

一面を飾っている大惨事であった。

「そう言えば、そんなことがあった様な…」

当時から東京にいた、富士本、淳一、紗夜は思い出していた。

「こんな事故があったなんて、さすが東京ね」

感心することではない💧

この頃の紗夜の記憶は曖昧であった。
ただ、富士本は現場にも行き、覚えていた。

「まさか❗️」

慌てて記事を読み始める。
そして、なぞる指が止まった。

(そんなこと!)
富士本の心に紗夜が反応する。

「なになに、最後尾の車両に乗車していた清和幼稚園の園児19名の内、15名が死亡⁉️」

さすがの咲も驚いた。

「清和幼稚園って確か…」

「誘拐された子供が通っていた幼稚園です❗️」
紗夜に被せて、昴が告げた。

『停車していた車両は、同幼稚園が園外授業で貸し切っていたもので、警察は衝突した電車運転士、山岸裕司 42歳を業務上過失致死の罪で逮捕した…』

「山岸がどうしたって?」

「豊川さん❗️」

紗夜が読み上げていたところに、休暇返上で調べていた鑑識・科捜部の部長、豊川勝政が帰り着いた。

「大変でしたね豊川さん」

「紗夜、そんなことより、その10年前の事故がどうしたってんだ?」

「豊川さん、覚えてるんですか?」

「当たり前ぇだ、俺も検視官として、現場に行ったからな。ひでぇ有り様だった。あんな小さな子供達が、《《全員》》死んだんだからな」

「えっ⁉️死亡は15名だと…」

「その時はな。結局、後の4人と、引率の若い先生も、病院で亡くなっちまった」

その事実に、ショックが倍増する。
紗夜の頭の中で空《す》いた車内を散り舞う子供達の姿がイメージされた。

「しかし…なんてタイミングなんだ」

豊川が思い出しながら、歯を噛み締めるのが分かった。

「その…運転士だが、逮捕後に信号の故障だったことが分かってな。無罪放免…てほど楽な事故じゃねぇよな」

昴が水を持って来た。

「おお、サンキュー。ふぅ…運転士、山岸の妻は無罪が決まる前に自殺してな。彼は地方へ左遷された」

静かに、悲惨な事件の全様に耳を傾ける。

「死んだよ」

「えっ?」

誰が?いつの話?
皆理解できなかった。

「俺の目の前でな。今朝、最終の検死報告書を提出して来たところだ」

「まさか、豊川さんが巻き込まれた電車事故って…」

「俺達の乗った電車に、正面から衝突して来た電車。その運転士が、山岸裕司 52歳。潰れた車両の中で、形もない程悲惨な姿でな…」

(ひ…ひどすぎる…)

「紗夜!」

ふらっと倒れかける紗夜を淳一が支える。

「ばか、見るんじゃねぇ、紗夜」

豊川が慌てて思考を変える。

「で、何でそんなもん出してんだ?まさか、また起きたのか?」

今はとても現場に行く気力は無い。
偶然にしては出来過ぎた事故。

「いや、そうじゃあないんだか…」
富士本も説明に困惑する。

「この事故のせいで、誘拐事件は角《すみ》に追いやられ、恐らく調査もろくにされなかったんじゃないないかしら」


不可解な事件の輪郭が、少しずつその姿を現し始めようとしていた。

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