暴走環状線
当時、その凄惨な現場に立ち合った豊川。
紗夜は、その悔しさと憎悪を強く感じていた。

「結局、発車遅れの原因となった誘拐事件は、事故との関連性を公表され無かった」

富士本も誘拐事件が関連していたことを、今まで知らなかったのである。

「誘拐されたとは言え、世間は娘のせいで事故が起きた…と騒ぐだろう。まして、子供を失った親達の怒りは避けられねぇ。事故の騒ぎと金を利用して、菅原が関連性を消したんだ」

「鉄道事故の調査って、そんなに曖昧なものなんでしょうか…?」

「紗夜、この東京ではな、年間300件を超える何らかの鉄道人身障害事故が起きてる。調査できてるのは、その内3割にも満たないのが実状だ。信号機の故障が分かった時点で、調査は終了だよ」

踏切事故とホームからの転落が多く、自殺か事故か他殺かも調べる時間がないのである。

「現場検証するには、電車を長時間止めなきゃならねぇ、そんなことは許されないんだよ、この東京《まち》じゃな」

豊川の悔しさが強くなる。
数々の鉄道事故の検死に行き、他殺の可能性が見えても、自殺か事故で済まされてしまう。

検死官にとって、後味が悪い…では済まされないことである。

「しかし、これだけの被害者を出した事故が、ただの信号機の故障で済まされるとは、まだ思えないんだけど。私は納得いかないわ!」

咲も本気モードである。

「我々が着いた時には、既に公安部が動いていて、国交省の役人も見えてたな」

「富士本さん、なぜ公安部が?」

「丁度、欧州各国でテロ活動が頻発してた頃だ、さすがにテロ的な事件じゃないかと、国交省が警視庁に要請したんだろう」

「その両者が事故と認めたら、だれもひっくり返せないですね」

昴にも、富士本と豊川の想いは伝わっていた。
そこで敢えて矛先を変える。

「今回の犯人が菅原じゃないとすると、いったい誰が?」

暗号解読に励みながら、基本の謎を改めて提示したのである。

「怨恨…と考えれば、子供を失った親達が全員容疑者になり得るけど…事故であることは事実よね。事故から殺人に至るケースは、あまりないわね」

「家族には、鉄道事故としては異例だが、多額の慰謝料が払われたらしい…」

(おかしい…なぜなの?戸澤?)
富士本の心に、警戒を感じた紗夜。

「どうせそれも菅原が裏にいるんだろう。後ろめたさを感じる心はあったってことか」

「富士本さん」
紗夜の声に、一瞬ビクッとする富士本。

「話して下さい、戸澤さんの秘密を」

「紗夜?どうしたの怖い顔して?」

「いや、いいんだ。どうせ直ぐに分かることだ。10年前までは、あんな奴じゃなかったんだよ彼は。結婚もしてた」

「子供…いたんですね」

「ああ、10年前にはな」

それ以上の説明は要らなかった。
あの冷めきった戸澤の心の理由が、分かった。

「あいつは一人で調べていたよ。上にはごまかしながらな。生き残った園児や事故の原因となった信号機の整備状況まで、必死になって調べていた。今回の4人の殺害には、彼が関わっている可能性は高い」

(悲哀、驚嘆、懺悔、同情、憎悪)

鎮まり返った部屋で、様々な想いが渦巻く。
そして辿り着く。

『正義』

それこそが自分達の使命であり、警察である証《あかし》であった。

「5人だ」

ポツリと豊川が呟いた。

「運転士の山岸裕司も、殺された」

「えっ?事故だったんじゃないの?」

事故なら豊川が二日もかけて、検死報告をするはずはない。

「酷いあり様だったが、出血が不自然に少なくてな、残った顔の色が普通じゃなかった」

あの惨事の中で、その死斑に気付いていた。

「山岸は、事故の前に死んでいた。富士本さん、ちょっと明日、紗夜を貸してもらえねぇか?」

珍しいことである。

「紗夜、いいか?」

「はい。必要なら行ってきます」

「い、行って来るって、紗夜?」

「確かめなきゃならねぇことが、分かってしまってな。よろしく頼む」

こうして、豊川は紗夜を連れて、再び岐阜へと向かうことになったのである。

紗夜には、その目的が見えていた。

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