嘘よりも真実よりも
 とても親切な人で、好感を覚えた。35階には、どこの会社のオフィスがあるのだろう。そんなことまで考えてしまって、恥ずかしくなる。彼も大企業の職員なのだから、私にとっては雲の上の存在で、関わりのない人だった。

「ご丁寧にありがとうございました」

 頭を下げると、青年も手を引いた。ゆっくりと閉まり始めるドアの奥に、彼はずっと立っている。

 ふと目をあげたら、閉まるドアの隙間から、彼と目が合った。そのとき、なぜか、ドアがふたたび開き始める。エレベーターのボタンに彼の腕が伸びているように見える。

「あの……?」
「すみません、これを」

 青年はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出すと、素早く名刺を差し出してきた。

「え?」
「またどこかでお会いできるかもしれない」

 半ば、強引に渡されるみたいに突き出され、思わず受け取ってしまった。

 名刺に視線を落とす。

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 株式会社金城マーケティング
 専務 金城総司(きんじょうそうじ)
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 まだずいぶん若く見えるのに、専務?
 金城マーケティングというのだから、まさか、社長のご子息?

 驚いて顔を上げた時には、ボタンから手を離した彼が、また、というように笑みを浮かべて片手を上げていた。

 その彼も、すぐに閉まるドアの奥に隠されてしまい、戸惑う私を乗せたまま、エレベーターは上昇した。
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