嘘よりも真実よりも
 彼が兄さんと呼ぶのは、富山家の長男、仁志(ひとし)さん。仁志さんは、すでに引退した父親の跡を継ぎ、若きエリート社長として活躍している。

 彼らの両親である富山夫妻は、引退後、別荘でのんびりと余生を過ごしているため、この屋敷には私と仁志さん、清貴さんの3人で暮らしている。

「たぶん。私が起きてきた時にはいなかったので」

 清貴さんとは違って、仁志さんがいないのは日常茶飯事で、同じ家に暮らしてるのにほとんど会わない生活をしてる。それは、今に始まったことじゃなくて、小さな頃から。

 10歳も年上の仁志さんは、物心がついた頃にはもう、ずいぶんと大きなお兄さんで、一緒に食事をしたり、たまにはショッピングにも連れていってくれる清貴さんほどの接点はなかった。

「そういや、大きなプロジェクトがあるとか言ってたな」
「お忙しいですね、仁志さん」
「ああ、彼女作るひまもないみたいだ」

 しばらく結婚する気配もないだろうな、と清貴さんは苦笑すると、マグカップを持ち上げた。

 つられるように、私もマグカップに指をかける。その時、テーブルの上に置いていたスマホが音を立てた。

 ちらり、とけげんそうに清貴さんが私のスマホに目をやる。

「ごめんなさい。お食事中に」
「こんな朝早くから、誰?」
「仁志さんみたいです」
「兄さん?」

 きょとんとする彼から目を離し、腰を上げながら電話に出る。

「おはようございます、みちるです」
「ああ、おはよう。悪いね。今、大丈夫?」

 仁志さんのさわやかな声が耳を打つ。清貴さんは明るくて活発な動の人だけど、仁志さんは知的で紳士な静の人。

 消極的な私は、清貴さんの持つ強さに引っ張られて助けられたりもするけど、一緒にいて落ち着けるのは仁志さんのような穏やかな人だろう。

 兄同然のふたりの違いを感じるたびに、ふたりを合わせて二で割ったような男性が理想だろうと思ってしまう。
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