嘘よりも真実よりも
 ありがとう、という優しい声が耳に届いた後、電話は静かに切れた。

「兄さん、困ってただろ。スケジュール帳、どこにあるって?」
「リビングにあるんじゃないかって」
「リビングねぇー」

 すっきりと整えられたリビングを、私と清貴さんは各々に見渡す。見慣れないものが置かれていたら、すぐに気付くのだけど。

「ないな。部屋かもな。俺、見てくるよ」

 そう言って、清貴さんがリビングを出ていこうとした時、「あっ」と、私はテーブルに駆け寄っていた。

「ありました。これじゃないでしょうか?」

 さっきまで清貴さんが座っていた席の横に並ぶ椅子に、焦げ茶色の革の手帳が乗っている。それを手にとり、清貴さんに差し出す。

 彼はすぐに手帳を開き、ぱらぱらとめくって中を確認する。

「これだな。それにしても、スケジュール、ぎっしりだな」

 苦笑する清貴さんは私に手帳を戻すと、手際よく仁志さんにメールで連絡をいれてくれる。

「私、すぐにお届けしてきます」
「フレンチトースト、食べてから行けよ」
「そういうわけにはいきません」
「みちるは真面目だなぁ。まあ、兄さんも助かるだろうけどな」
「はい。行ってきます」

 私は家政婦ではないけれど、富山家に貢献するのはあたりまえと思って育ってきた。

 母が亡くなり、父のいない私は、施設に預けられてもふしぎではない環境にいたのに、富山夫妻の温情で、この屋敷にとどまることを許された。

 母の万里と過ごした年月以上の月日を、彼らと過ごしてきて、親のように慕ってもいいと言われていたけれど、私の中で彼らが命の恩人という存在以上になることはなかった。

 だから、仁志さんにも、清貴さんにも、できるかぎりの恩は返していきたいと思っているのだ。

 そんな私の気持ちを汲んでくれている清貴さんだけれど、私の生真面目さにはあきれ顔を見せる。

 もっと肩の力を抜いていい。そう思ってるんだろうと気付きながらも、私は彼に一礼すると、すぐにリビングを飛び出した。
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