嘘よりも真実よりも



 10月も半ばを過ぎると一段と寒くなるけれど、薄手の上着を羽織って、あわてて家を飛び出してきたからか、ほんのり身体が熱い。

 手のひらをパタパタさせて、ほおの熱を追いやる。手帳をバッグに忍ばせて、電車を乗り継ぎ、必死に走ってきたなんて、今更ながら恥ずかしい気がしてきてしまった。

 そう思うのは、普段着な上に髪を乱した私が、あまりにも不似合いな場所にいるからだろう。

 富山ビルは想像していた以上の高層ビルで、オフィスビルとは思えないぐらい洒落ている、洗練されたビルだった。

 息が整うのを待って、回転ドアを抜けると、正面に受付があった。モデルのように美しい女性がふたり、たたずんでいる。

 受付嬢の彼女たちの前を、数人のサラリーマンが行き交う。忙しなく歩く彼らの中から、ひとりの男性が抜け出て、何かを受付嬢に尋ねている。

 すると、彼女は美しい所作で、右奥へ向かって手のひらを差し出す。私もつられて視線を動かす。その手のひらの先に、エレベーターがあるようだった。

 男性が、ありがとう、というしぐさで受付の前から立ち去るのと同時に、私も右奥のエレベーターへ向かう。

 仁志さんは47階だと言っていた。47階に何があるのか知らないし、47階へ行けば、彼に会えるのかどうかもわからなくて不安だった。

 闇雲にやってきてしまったことを後悔しながらも、ドアの開いたエレベーターへ、サラリーマンに続いて乗り込んで、持ち上げた指をぴたりと止めた。

「ない……」

 そうつぶやいて、あわててエレベーターから降りる。
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