嘘よりも真実よりも
 男性に美しいなんて言葉を使うのは変かもしれないけれど、左右対称に整った目鼻立ちや、シュッとしたほおのライン、ほどよい厚みのある形のいい唇、そのすべてが美しかった。

 お互いに、しばらく見つめ合っていた。エレベーターが到着する音にハッとしたのも同時で、途端に時が動き出したみたいに、私たちはまばたきをした。

「どちらまで?」

 エレベーターに乗り込もうとしない私に気付いて、青年が先に口を開いた。

「あ、いいえっ。どうぞ、行ってください」

 エレベーターには乗らないのだと首を振り、後ずさる。彼はけげんそうに、私に一歩近づいた。

「お困りではないのですか?」

 エレベーターホールをうろちょろしていた私を見ていたのだろう。彼は心配そうに眉を下げる。

「大丈夫です……」

 私は小声でそう言って、もう一歩下がった。

 小さな頃から私はそうだった。困りごとがあっても言い出せない子どもだった。誰かを頼ればはやく解決するのに、どうしても口に出せずにひとりで解決してきた。

 ずいぶんと遠回りする性格に嫌気がさすこともあったけど、自力でなんとかできることも同時に知っていた。

「しかし……」
「遅刻してしまいますから、どうぞ行ってください」

 私に関わっていたら、彼の貴重な時間を奪ってしまう。

 47階へはどうやって行くんですか? そう尋ねるだけなのに、それができない私の内心など、彼は想像もしてないだろう。

 真実を告げたら、なんだ、そんなことか。そんなことも聞けないのか、と思われるに決まってる。
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