嘘よりも真実よりも
 彼の心が見え透いてしまう気がして、口を閉ざす。これまでも、困ったら口をつぐんできた。それでだいたいのことは解決できた。

「あまりお見かけしない方だったので、お困りかと。受付で聞かれるといいですよ」

 なんだか、彼の方が申しわけなさそうな表情になっていく。

 私はいつも後悔する。私のせいで、関係ない人の心を乱してしまう。そういう才能だけはあるのだと。

「受付の方をわずらわせたくなくて」
「え……、わずらわせたく……」

 青年は口もとに手の甲をあてると、急に破顔した。目尻を下げてほほえむさまは、とても優美な雰囲気で、笑われたと気づいた私は恥ずかしくなってしまった。

「彼女たちも仕事だからいいんですよ。おかしな方だな。優しすぎるというか」
「私用で来たので、ほんとに……」
「私用? お知り合いのオフィスを探してるんですか?」

 彼は察しのいいタイプみたいで、すぐに私の困りごとを的中させた。

「はい……、でも大丈夫です。すぐにわかりますから」
「よかったら、案内しますよ。俺は、35階なんですけど」
「35階ですか……」
「何階です?」

 エレベーターへ向かおうとする彼だけど、私がついていかないから、足を止めて振り返る。

「まだ時間ありますから、送りますよ。わずらわしいとか、ないですし」

 ふたたび、彼はおかしそうに目を細める。

 彼をわずらわせたくなくて、私が何も言い出せないこともわかってるし、気にしなくていいんだとうながしてくれてるみたいだった。
< 9 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop