いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
第四章 両片想いが終わる時
 ――結婚から、二週間が経った。

 特に大きな状況の変化はない。とはいえ平穏な毎日、というわけでもなく。

 夫婦の部屋がありはするが、泰章は仕事と言っては書斎にこもっていることの方が多くなっていた。

 忙しいらしくそのまま書斎で寝てしまうので、烏丸家に来た日以来同じベッドで眠ってはいない。

 食事の時に言葉を交わせたらいい方で、彼の帰宅が遅ければ朝食の時にしか顔を見られないこともある。

 顔を合わせないといえば薫もそうだ。大人っぽく見えていたがまだ大学四年生だという。夕食の時間に顔を合わせることもあるが、言葉は交わさない。

 史織としては話しかけたい気持ちもある。一緒に住んでいるのだから挨拶くらいはしたい。

 けれど、福田には史織から話しかけないようにと言われている。『薫さんのお気持ちを考えてくださるのなら』とまで言われてしまっては、それでも話しかけたいとは言えない。

 失踪事件による会社の緊急事態のせいで、薫は婚約破棄をされてしまったのだという。元凶の娘である史織と関わりたくないのは当然だ。

 それがわかっているのに話しかけたいと思うのは無神経かもしれない。自覚していてもなお希望を持ってしまうのは、まだ泰章が紳士的に客の顔をして店に来てくれていた頃、妹と仲がいいのだと思える発言を数多く聞いていたからだ。

 実際に見たふたりは、上下関係がしっかりとできている兄妹だった。けれど薫は泰章が苦労したことを恨みに思っている様子だし、泰章だって婚約破棄のせいで傷ついた妹を思うからこそ無理に史織と関わらせようとはしないのだろう。

 兄妹、お互いを思いやっているのが雰囲気でわかる。

 兄を思いやれる妹だから、というより、史織が好きな泰章を慕ってくれている妹だから、彼女とも仲良くしたい。それが無理でも挨拶くらいは交し合えるようになりたいと望んでしまうのかもしれない。

 やはりこれはいけない考えか。ただの勝手な自己満足か。考えれば考えるだけ悩みが深くなる。

「別に、間違ってはいない」

 それだから、泰章から回答をもらって驚いてしまったのだ。

 仕事中の彼の書斎にコーヒーを持っていった際、チラリと薫に関して悩んでいることを話してみた。

 こんな状況だが、いつかは普通に接したい。そう考えること自体、間違っているだろうかと。
< 74 / 108 >

この作品をシェア

pagetop